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愚痴の時間ですみません

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今朝は、農家さんの写真を撮るために出かけた。
いつも車で通るだけの海沿いの道から、ちょっと坂をあがっただけなのに、国道からはまったく想像がつかない風景で、おもわずわーっと声が出た。
太平洋を一望する明るい場所がひらけ、そこにビニールハウスがたくさん並んでいた。
太陽の光がすみずみまで届く場所で、ハウスの間の田んぼにはもう稲穂がみのり、風が吹き抜けていくのが目でみえるみたいだった。

農家さんたちも、なんかすごくかっこよかった。
おじさんおばさん世代でもすごくおしゃれで(農作業姿なのに!)ずっと笑っていて、仕事が好きなんだなあってことがよく分かる。
息子さんたち(たぶん)世代は、スマートで屈託がなく、最近目にしないさわやか感。
知らなかった、こういう人種がここらあたりにいたとはー!
自分の目で見られて、よかった。
すごいなあ、前に行く人は言うことが違うよなあ。

そんな素晴らしい場面があった一方で、私は昨日からモヤモヤしている。
世の中には悪い人っているんだなって思う。
自分を正当化するために嘘をつくこと、依頼した仕事の対価を払わないこと(お金でなくても)、さらにそれを隠すために、外では被害者ぶったり、誰かを悪者に仕立てたりすること。
私にはできん!できなくて当たり前か笑

またそういうのがね、SNSとかで、ビジネスのいろはについて熱く語ったり、行政や政治への恨みをだらだら書いたあげく、それでも俺はこんなにいい仕事してますよアピールしたりするもんね。
いやいやいやいや、みたいな。
うそつけこのやろーぜんぶばらすぞ、みたいな。
(まあ、私が言わなくても、本当のことに気がついてる人はいっぱいいるだろう。)

悔しいけど今の私は力不足。何も言えない立場。
私がなめられるのは、私のせいなんだってこともよーくわかってる。
でも、ぜったい、ぜったい、私が追いついた時、覚えとけよって思う。

人のふり見て我がふり直せ。
私は誰と仕事をしても、できるかぎりの、おもいつくかぎりの誠実さでのぞもう。
ずるいことをしたくなったら、どこかでちゃんと整理をして、引き受けよう。
誰の(悪人でも)時間も経験も貴重なものだということをいつも覚えていよう。

自分の方がおかしいんじゃないかと思う時、今日の農家のみなさんの笑顔を思い出そう。
本当の仕事をやっているひともたくさんいることを思い出そう。
一緒に仕事をしている人たちのことや、語り合っている夢や、ひとつずつ実現して来たことをカウントしよう。

そういえば、なめられていると言って思い出したが、この間、ほんとにほんとに気持ち悪いおっさんに仕事中にからまれ、今度仕事まわすわー、って言われたこと!
名刺とか持ってないのー、明日ゴルフで友達に配ってやるのに。って。
え、いいです!!!!絶対仕事ないじゃん!無職じゃん!(これ見た目はそうだけど実は・・ってパターン絶対ないやつね)
私、なめられてるなあって思ったって話。
おわり。

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by azdrum | 2017-07-19 17:49 | ひとびと | Trackback | Comments(0)

明るい方にいく


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さっき、うちに25歳の女の子が来ていた。
夫の仕事仲間(?)のAくんのところで春から働くらしく、大阪からAくんと一緒にわざわざ高知まで。
夫とAくんが別室で書類をつくっているあいだ、私と彼女はリビングでお茶を飲んですごした。

25歳で、名の通った会社をやめて、Aくんの始める事業を一緒にやるのだそうだ。
私自身、就職とかしたことないし、もともと安定できるような育ち方というか、まっとうな(と世間で言うような)人生の送り方をしていないので、あんまりそこまで身に迫っては理解できないけど、それでも、きょうび大学まで出て企業に就職したのにあっさりやめちゃうっていうのは、なかなか勇気のいることではなかろうか。
しかも、Aくん(夫も)が始める事業というのは、はたから見たらいまひとつ「はてな?」となるようなもので、Aくんは立派な人だけど、若いし、事業経験はない。
だから、不安要素をあげればきりがないと思う。
実際、彼女の親は泣いて反対をしたらしい。

「でも自分次第でうまくいくかもしれないって思ったら、このチャンスを逃したくないって思ったんですよね。
やる前から、だめかもしれないとか考えても仕方ないので、うまくいくって思ってやります!」

もうね、本当に私は、もう少しで泣いてしまうところでしたよ。
そうだよねー、ほんとそうだよねー、って。
25歳の子が言うと、本当に力があって、生命力というか、出ているエネルギーに圧がある。
めんどくさいとか、こわいとか、そう思うかどうかは自分次第で、何かできそう、うまくいかせられそうって思える方が、楽しいに決まってる。
その、わくわくした気持ちを、今の私は恐ろしいもののように見て、さわりたくもないっ!という態度を取り続けてるんだなあ。
「起業してる友達がみんな楽しそうで、自分もそんなふうになりたいって思ったんですよ」って。
まず、そう思う人と思わない人がいるもんね。そこでわかれるよね。
若さのせいだけではなくて、彼女がもともと持っているものもあると思うけど、目の前のことを素直に楽しもうと思う姿が、すごく眩しく感じて、うらやましかった。
こんな子を部下として見つけてきたAくんは素晴らしいと思うし(しかも一部上場企業をやめるというリスクまでとってきてくれる!)、だからきっと事業は成功する。
夫も、こんな人を見つけられるように、Aくんみたいにほわーっとしたらいいのになって思う。

3人で、今ごろカツオのたたき食べて飲んでるんだろうな。
ちなみに、こういうとき、絶対に私を誘ってこない夫。
行かないんだけどね。
行かないんだけどね。
でも、本当に誘わないの。
え、奥さんはいいんですか・・・?みたいな目でいつもみられて、気まずい。

そういえば、今朝、昨日使ったキャリーケースから包みをとりだして、「赤福買えなかったから。みんなで食べたら」と、神代餅をくれた。
私のバイトに送ってくれる車の中で「みんなでわけてたべるんだよ」って、私の目を見て言っていた。踏切待ちの時に。
メロンパンだけじゃなかった。

とにかく、なんか若さと輝きを目の当たりにして、目が覚めたような気分。(←結局覚めてはないんだけど笑)
いろいろ、悲しい気持ちのするほうにひっぱられそうになるけど、見ないふりをして、楽しいことを信じて、一瞬でもそういうふうに思って進みたい。
やればできる!
私だって25歳のときはあった。
夢があった。
それをやめることは、やっぱりしたくない。
やるったらやる!40すぎたって、やるったらやる。
今日、あの女の子に会えてよかった。


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by azdrum | 2017-01-27 20:18 | ひとびと | Trackback | Comments(0)

アピアランス混在

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あああああー。
長い半年だったー。
ずっとずっと出してなかった宿題を出し終えた!!
間にいろんなことがあって、全然取りかかれない&やる気になれなかった。
ずっと怒られないかビクビクして過ごしたこの半年。
怒られなかったのがかえって怖い。
もうきっと仕事くれないだろうなあ・・・。
それはもう諦めよう。
というか、これからはちゃんと報連相で進めよう。
お互い沈黙は良くない。
このままではいけないと思い、最後に一度謎の打ち合わせをしたが、案外それが良かったような気がする。
いろんな意味で。

会って話すことは大事、それは当たり前の話なのだけど、あんまり人に会いたくない私としては、本当に1回につき三日三晩ぶんぐらいのエネルギーが必要なのに、なんでもかんでも会って話すなんてできない・・・って思うわけ。
いや、それでも会って話すことが本当に一番大事だっていうことはわかってる。
さすがにそういうのは実感もしてる。
世の中人は偉いなあと、そういう時はもうただただ感心しちゃう。

昨日、仕事先に来ていたお客様(もちろん初対面)が、1時間ぐらいずっと身の上話をしゃべっていた。
波乱万丈だったのよって。
歌手を夢見て都会に出て、男性に騙されたり、結婚離婚を何度かしたりいろいろあったらしいのは流れでわかった。
その人は、幸せになるには素直が一番と言った。

「私だってずっと素直で来たわけじゃないよ、辛いことがいっぱいあったから気付けた。
ただ、私はそうだったけど、誰もが辛い経験をすべきなんて思わない。
何が起きなくても素直でいられたらそれが一番いいじゃない。」

彼女は確かに素直だった。
だって1時間も見ず知らずの人に自分の話する人いないよね。
本当に可愛らしい人なんだなって思った。
私にはこれがないわ、とも思った。
できるだけ誰にも本当のことを言わないようにしている私と、出会った人に自分の過去や将来を話す人と。
後者が良いかどうかは別としても、前者である私が人とあまり仲良くなれないのは当然だ。
仲良くしたいんです。本当は。

↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑
ここまで書いてから1週間経った。
怒涛の締め切りを一つずつこなし、残りの山がだんだん見えるようになってきた。
(でも未知の山だけど。)
私はこういうとき、疲れるアピールをしてしまうのではなくて、本当に疲れる。
頑張ってる私!みたいな、そんな余裕ない。
肌はボロボロ。白髪もそのまま。部屋もめちゃくちゃ。
いいのだろうか。。って思う。
たぶん、頑張ってる私!の場合は、そこそこ充実してるんだと思う。
しかも、私がやってることなんて、そういう人からしたら「それでそんなになるの?」って程度だと思う。
でも仕方ない。私は41だけど、成長期なんだ。仕方ない!(なぜか逆ギレ)

ここ2日間もまた、バニラアイスクリームの人とご一緒した。
相変わらず素敵だった。
絶対に私より忙しいし、私より時間ないし、私よりも難しいことに囲まれてると思うけど、すごく身軽そうだった。
紹介していただいた方々も、みんなよく笑い、お肌がピカピカで、すがすがしく、そのなかで自分だけがどんよりしていてちょっといたたまれなかった。
サーモグラフィーみたいに、テンションのエネルギーが数値化されてスキャンできるとしたら間違いなく私だけ真っ青だったと思う。
私はそんなときでも、笑ったり、話したり、うわべで繕おうとする。
もういいのに、って自分にあきれる。

ちなみに、きょうのタイトルの「アピアランス混在」は、10日前にこれを書き始めたときに、Illustratorのアピアランスという機能の概念について、あれはほんとうにほんとうにすげーよなと思ったから書いたことなのだけど(中身は変えずに、見かけだけ、効果がかかったときと同じようにしておける機能。あとでいくらでも変えられるし、なくせる。)、くしくも、私自身がアピアランスという効果を今日混在させて使ったなと思った。

しかし、私がもっとも苦手とする、人と会う、そして初対面の人と話すという数日が終わり、いろいろ学んだ。
まあ学んだっていうのは、私はやっぱり相当暗いんだなってことと、みんなすごいなってことなんだけどさ笑
みんなすごいっていうのは、本当に毎日思う!
私なんか・・とか言っちゃいけないらしいけど、言っちゃう。
私なんか。
この程度でへこたれてちゃいけないよなともおもうわけ。
もっともっと大変な思いをして、もっともっとどぎついことをやって、平気な人間になりたい。
誰もやったことがないようなことを、面白がってやれる人間になりたい。
さわやかさとか、笑顔とか、とくに身に付かなくてもかまわない。
怒りは私にとってひつような感情だし、嫉妬や憎しみを持つことも醜いと思ってない。
ただ、恐怖はなくていい。ていうか、唯一欲しくない。
恐怖だけがいらない。

昨日届いた紙の見本をさっき開けた。
紙はいい!

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by azdrum | 2016-11-09 11:11 | ひとびと | Trackback | Comments(0)

「森人MORIGIN」 BS日テレ

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平成23年11月、馬路村にて。


昨日、BS日テレの「森人MORIGIN」という番組を見た。
とても素晴らしい番組だった。
この番組のリンクにあるディレクターズ日記を読んで、この番組にさらに興味がわいた。

特集されていたのは、高知県の馬路村という小さな村。
馬路村は天然杉に恵まれ、古くは林業で栄えたが、杉の伐採の過熱と木材の値下がりにより林業が衰退、現在は柚子の特産品で有名だ。

テレビをつけると、森人(番組中で森を案内する)として出てきたのは、清岡さんだった。
というか、清岡さんから夫に電話があって、今テレビつけろ!と言われてつけた。

馬路からさらに30分車で北へ進むと魚梁瀬(やなせ)という地区があり、そこからまたさらに30分進んだ奥に「千本山」とよばれる天然杉の杉林がある。
そこを案内する清岡さんは、もちろん山歩きの格好をしているのだけど、山に対する畏怖というか、大きなものに飲み込まれる側のけじめみたいなオーラをばんばん出していて、山を歩く姿がものすごく真剣で、丁寧だった。なんとなく自然を見ながら歩いているという感じが全くない。
ちいさな自然のトリック(ほんとは全然ちいさくないんだけど)に足を止めては、なにか確認するような感じで、頷いたり、溜息を漏らしたり、感激していた。
動物や、植物など、いつもそこに暮らす生命にたいして、遠慮しながら森を歩く姿に、自然と生きることをこうしてわきまえているんだなあ、謙虚になるものなんだなあと思った。

「樹齢何百年という木を、かつての人は機械も使わずに切っていた。自然と格闘してきた先人たちがいる。わたしは村の案内人として、“ここに千年前から生きている木がありますよ”と言うだけではなくて、ここで生きる人の暮らしを伝えてこそ、この村の歴史を残すと言えると思う。

100年後の村・・・難しい問題がたくさんあると思う。でも、わたしよりあとの世代が、また住み続けているだろうから、その人たちのために、素晴らしい部分に、さらに磨きをかけた状態で渡していきたい。そして、ここを気に入って住んでくれる人がいればとても嬉しい。」

そういうようなことを清岡さんがおっしゃっていた。
胸にずしんときた。
わたしは、広島で生まれて、少し東京に住んで、今高知で暮らしているけれど、そのいずれの場所も、好きなところや自慢できるところはたくさんあっても、誇りを持って、次の世代のために残していこう、と思ったことは一度もない。
住んでいる場所のためになにかしようと思ったことがないのだ。
代々続く家や土地に暮らしたこともないので、そういった感情が持てないということもあるし、その土地がもたらす(一次産業)仕事に就いたこともないし、現代、人は自由に住む場所を選べるので、土地に対する感謝の気持ちははっきり言って薄かった。

でも、高知に来てから、というか、本当に最近になって、ようやく少しだけ考え方が変わったような気がする。
食べ物がおいしいなー!ってただ思っていると、不思議とそこから、強引に、土地の力をなめてはいけないという気持ちにさせられる。
太陽があって、山があって、海があって、そういう自然を守ろうというような平べったいことじゃなく、この風景の中に、日本人は二千年暮らし続けてきたわけで、人ひとりの人生なんて長くたって100年そこそこなのに、自分の場所が、なんて偉そうに言っちゃいけないよなって、自分の肌に浮き出してくるみたいに、生々しく思われるのだ。

みんなの場所だし、これからも誰かの場所であり続けるし、何かを生み出す土地、その力を今、借りているだけ。
自分が生きるために、食べるために、土地の力を借りているんだと思うと、この大地の恵みにはもちろん(なんたって、食べ物が育つんだよ!)、こうしてこの場所を残してくれた先人たちにも、感謝したくなる。

そして、これをだれがまた受け継いで行くんだ、って思ったら、やっぱりもう、わたしたちが考えないといけない世代になってるんだよね。
受け取ってばかりだった時代を過ぎたんだなーと思う。残すことを考える。
当然、いろんな場所でいろんなものが必要とされているので、それぞれが残すものは、別に自然や土地に限ったことではなく、自分が世話になったものを大事にしていくということ。
わたしは縁あって、今はこの高知に住むことになって、さらに食いしん坊だし、この土地の力にたくさん甘えたいと思う。
その恩を、自分なりにどうやって返して行こうかと考え始めたところです。

ところで、その清岡さんのこと。
清岡さんは、夫が生き方に迷ったときや、くじけそうになっているときに叱咤激励してくださった方だ。
「君にしかない道を行け」という清岡さんの言葉に、夫は(そしてそれを聞いたわたし自身も)いつも強く背中を押されてきた。
昨年、そのお礼もかねて、清岡さんのお家の柚子の収穫をお手伝いさせていただいた。
トップの写真は、その時の写真です。

お家の裏山(すごい急斜面!)が柚子畑になっていて、ずっと上がって行くと、こんなに素晴らしい景色が広がる。
昨日のテレビの中でも、清岡さんのお気に入りスポットとしてここからの風景が紹介されていたので、きっと本当に自慢の村の眺めなんだと思う。

柚子の収穫は本当に大変で・・・。
今年もお手伝いをしたいと思うけど、もっと大人数で行かせてもらわないといけないかなー。
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by azdrum | 2012-02-06 17:23 | ひとびと | Trackback | Comments(0)

すみません、カメラ難しかったです

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段ボールや古新聞をまとめたり、不要な服をどうしようか悩んだりしていると、さっちゃんから寒中見舞いが届いた。
散らかった部屋を片付けるよりも先に、興奮して箱を開けてみると(ちょうどカッターナイフも出ていたし)、大好きなものがたくさん詰まっていて、思わず声を上げてしまった!
絵本や童話集、お茶、靴下など。
それにチョコレート、ピーナッツのカレンダー!

スヌーピー、好きなんだよー。どうしよう。うれしい。
1月はめがねのマーシー。せんぱーいっていう子ね。
4コマのイラストもついているんだけど、チャーリー・ブラウンって、まんがだとチャックって呼ばれているんだね(英語)。
カレンダーは毎年さっちゃんが送ってくれていて、今年もありがたく定位置に貼付けました。
8月は誰かなー(自分の誕生月だから・・って、この歳になってなにやってんだかね。でもやるよね?みんな。やらない?やるでしょ。しつこい?)って見てみたら、チャーリー・ブラウンの妹のサリーだった。サリーかあ。

他にも、表面にたまごが塗ってあって分厚いクッキーが入っていて、世の中のクッキーと名のつくものの中では、この手のガリガリ系ガレットが一番好きだ。全粒粉も入っている。
しかも、かたちがかわいいんだよ。もったいなさ過ぎて食べれん。

3ヶ月ほど前、必要に迫られてついにデジタル一眼レフカメラを買いました。
この写真もそのカメラで撮ったんだけど、変化・・・ないよね、正直。(このブログは、携帯電話のカメラで撮った写真もまだ使ってるんだけど)
カメラ、難しいーーーー!難しいわ。

いろんな有名なブロガーさんたちがこぞって、何枚も撮ります!それが上手になるコツ!みたいなこと、言ってる意味がわからん、素人がそこまでして、って思ってたけど(失礼よね、すみません)、やっとわかった気がする。

携帯電話のカメラなんて、全然迷わないでシャッター切れるよ、わたし。
でも一眼レフになると、これ押すの?みたいな。
表現したいことが曖昧なのに対して、カメラに任せられる選択肢が多過ぎるんだと思う。
携帯電話では撮りたいものには自分から寄っていくか、ファインダーにうつっているものをよしとするかしかないけれども、レンズが良いと、ズームもできるし、被写界深度も操れる。
それだけでもずいぶん雰囲気のある写真が撮れたりするものね。

だけど、どこからでも撮れるだけに、立ち位置にもサイズにも迷うし、良いところであるはずのレンズの長さ、そのレンズの長さぶん覗く角度が制限されて、椅子に乗ったり、手に高く持ったり、しゃがんだりするのが面倒で(これに尽きる)結局わたしは同じようなアングルで撮ってしまう。
かなしいことに、一番魅力的だと思っていたピンも全然決まらない。ていうか決められない。

ただ今撮りたいだけなんだけど・・・っていう自分には、やっぱり携帯でいいのかも。十分なのかも。
実際、必要だった写真も、携帯で撮るよりはそりゃあいいけど・・・っていう程度にしか写せなくて非常に落ち込んださー!
カメラが良ければ良い写真が撮れると思っていたけど、間違ってた。ほんとごめんなさい。

写真をきれいに撮れる人、やっぱりすごいです。
必要な写真がきちんと撮れるまで、たくさん練習しようと思います。
デジカメのいいところって、これだよね。なんたって、タダだもんね。
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by azdrum | 2012-01-29 16:25 | ひとびと | Trackback | Comments(0)


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テレビでリリィシュシュのすべてをやっているんだけど、見たいような見たくないような。
なので、音だけつけている。やっぱり見なくてもいいような・・。

ピエール・マルコリーニのチョコレートは、いつもハートのだけ最後に残してしまう!
好きなのから結構食べているつもりなのに、どうしてもこれだけは残るんだよ。

本日は成人式。
ショッピングモールにも振り袖姿の女の子がたくさんいて、すれ違うときに、小さい声でおめでとーって言いました。
若さっていいね!今頃きっとみんなで飲んでいるんだろうかね。うらやましい!
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by azdrum | 2012-01-08 21:27 | ひとびと | Trackback | Comments(0)

「横尾忠則 絵人百九面相」展


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「横尾忠則 絵人百九面相」展
2011年7月17日(日)~9月25日(日)
高知県立美術館

2回も洗ったのにソフトクリームの匂いがとれてないハンカチが不快、しかしそれで汗を拭きながら、美術館まで歩く。
川を越えるのはどの街でも特別気分のいいもので、さっきまでの沈んだ気持ちもいくらかまぎれて、あの建物の中にあるたくさんの作品(みたことないけど)に出会って何かが始まるかもって期待が膨らむ。というか、何か始まりますようにと祈りながら、橋をわたる。

今回の横尾忠則展では、公開制作が行われるとのことで、ミーハーなわたしは、ぜひともその制作中に行かねばと思っていて、だってご本人を見たいじゃない!、描いてるんだよ!だから、その後でハローワークに行かなくてはいけないから時間が全然ないのに、無理矢理公開の最終日に滑り込みました。

13時から制作開始予定にもかかわらず、始まった(本人登場)のは45分過ぎ!
あたしゃ14時には出ないといけないんだよ、でもいいんだ。
始まってから、おもむろにスタッフがCDプレイヤーを操作すると「南国土佐を後にして」が流れ出した。
本家のペギー葉山はわかるんだけど、そのあと歌ってんのだれだよ?どっかで聞いたことあるかすれた声・・と思っていたら、横尾さんが筆を止めて振り返り「これ、誰が歌ってるかわかります?」って聞いてきた。その問いかけが終わらないうちにおばちゃんが「小林旭!」って、イントロクイズのように!
「さすがですねえ」と、鷹揚に頷きながらまた絵に戻る横尾さん。
「南国土佐を後にして」が延々と繰り返し流れて、これこんなに聴きながら描けるのかなあ、結構イライラしない?って思ってたけども、わたしは。

施設で認知症の祖母が高らかに歌う「南国土佐を後にして」は、ところどころ間違っているのかも、って思った。でも、祖母と母は一緒に同じように歌っているので、ふたりとも間違っている。

ほとんど完成間近(その日に完成予定とのこと)の絵を見ながら、あとどこに手を入れるんだろうって思っていたけど、まるで予想と違うところを慎重かつ丹念に攻めていて驚いた。守ってない!普通にすごい!

時間の関係で、作品の展示の方はまた会期中に来ようと思って、ちょっと流すつもりがすっかり目を奪われてしまい、眺めすぎたために三分の一ぐらいしか見られなかった。
テクナメーションやコラージュ、シルクスクリーンは万華鏡みたいで、わたしの「横尾忠則像」はまさにこれだったけど、絵画作品はあまりみたことがなく、しかも見たと言っても雑誌やネットでのはなしで、実際に大きな作品を目の当たりにすると、絵が好きなんだなあー!ってことが全部に出ているというか、ポスターとか広告の絵みたいに大胆じゃないというか、面白がってる部分よりは大事に大事に描いている部分の方が大きいように思えた。

絵が描きたいなーと、わたしも思ったよ!
わたしは、絵がぜんぜん得意じゃないので、好きな物を描くという楽しみは少ないけど、絵を描くのって素敵だなと思うことのひとつに、好きな色を選ぶ、ということがあると思う。
色を見るとか、色を思い浮かべるのが実に楽しい。
色を選ぶだけでは絵は描けないんだけど。

ところで、横尾忠則という字面は、ある友人と、いちばん一緒にいた夏を思い出させる。
バービー人形や、マックのハッピーセットのおまけや、スマイルマークのバッジのついたカメラや、ビクター犬や、モッズ風のワンピースや、彼氏に貢ぐ友達や、歌謡曲や、あらゆる昭和的なものをこよなく愛していた彼女に連れられて、19歳になったばかりの夏、初めて横尾忠則(トークショーにて)を見たのだ。
アートにかぶれた気になって、旅もしたし、ガラクタもいっぱいつくったし、そこかしこが出会いに満ちていた。
素晴らしい夏だった。
いったい、そのうちどれぐらいが今のわたしに残っているのだろう?
あの夏もガラクタもとっくに行方がわからないというのに。
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by azdrum | 2011-07-22 14:28 | ひとびと | Trackback | Comments(0)

祭りのあと


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開戦前夜、とっておいたシャンパンをあけて、食べるものはもうなんにも用意できなかったので、冷蔵庫や冷凍庫にあったものを適当に並べて、頑張ろうぜって乾杯をしたら、眠くて眠くて仕方がないなかで、夫が突然「なんかさっき急に、感謝の気持ちだけになったんだけど」とびっくりしたように言った。
さんざん周囲との軋轢に憤り、バランスをとるために遠回りをして、最後には意地と怒りがモチベーションになっているのかもしれないとすら、わたしは思っていた。
それが、ギリギリまで来ると、そういうものから解放されて、そんなふうに思えるんだなあと、うらやましかった。
「この気持ちを明日、言おうと思う」と言った。

翌朝、集まってくれた人の前で、夫はしゃべりだした。
そうしたら「ありがとうございます。」の後が、まったく出なくなった。
夫は、泣いていた。
「私には、何もありません。しかし、志だけで生意気な、何もないこの私に、多くの人が力を貸してくれました。頑張れ頑張れと支えてくれました。」
わかる、わかるよ。
目の前にいるのは、その軋轢を越えて、それでも集まってくれた人々で、始めから一緒に闘ってきてくれた人々で、うるさいことも言うけれど、好きなようにさせてくれた人々だから。

会場から「頑張れー!」という声が飛んできて「すみません。なぜ泣いているのか、自分でもわかりません」と言いながら、言葉がつまり、何度も大きく息を吐く姿は、ちょっとわたしにも信じがたく(そんなキャラじゃない)、わたしもそりゃあ泣いたけど、周りのおばちゃんも相当もらい泣きをしていて、一瞬何の集まりなのか、通りかかった人は一体何事か?ってびっくりしたと思う!
会の趣旨とはまったく違う雰囲気が漂っていたから。

最後、O君のあいさいさつでは、O君の原稿を持つ手と、それを読み上げる声が震えていて、そこに立っている彼の勇気と、こんな人が仲間なんだなあということにわたしは感動して、セレモニー的なものが終わり事務所でひとりになってからも、思い出してじーんとしていたら、Sさんが訪ねてきてくれた。
Sさんは、もうずいぶんおじいちゃんだけど、ユーモアと大和魂と自然への感謝を常に忘れない農夫さんで、夫をいつも見守ってくれた人だ。
そのSさんが、わたしの手をぎゅっと握って、「あの涙は、本物じゃった。涙はえい(良い)ぞね。まっこと。涙はえい。わしには、あの気持ちがわかる。」と言ってくれて、わたしはまた泣いた。

あの日たくさん泣いたせいか、夫は、その後の決定的な場面でも泣くことはなく、わたしも泣かなかった。
いろいろと続いた現実的な感情の方が勝って、涙がまったく出なかった。
ちなみに、夫は、あの日泣いたことを「神が降りてきた!」とネタにし、またネタにされている。

全てが終わってから1週間たって、ようやく、自分の欲求とか感情が戻ってきた。
感動したり、むかついたり、傷ついたりしても、心で処理できていなかったことが、これから改めてやってくるんだろうなあと思うとちょっとこわいけど(面倒だし疲れるよね)、仕方ない。
でも振り返ってみれば、素晴らしいことのほうが多かった。ほんとうに素晴らしいことのほうが。
それを素直に思えるようになって、少しだけ涙が出そうになったけど、まだ泣いてない。

いろんな人の励ましがあって、ここまでこれました。
特に、夫を励ましてくれる人はたくさんいるけど、わたしを励ましてくれる人は身近でもあまりいなかったので、とても支えられました。
みーちゃんから「同じ空の下、応援しています」というメールをもらって、応援しています、という言葉がこんなに心強いものだってはじめて分かった。
わたしもこれから、頑張って、だけじゃなく、応援しているよ、と伝えたいなあと思った。

わたしがくじけそうになった幾度目かの夜、事務所のインターホンがなり、開けてみると、背の小さいKちゃんがひょっこり顔をのぞかせて、手には箱にやまもりの!やまもりのいちごが!
「いちご食べて、元気出してください!」つって!
「わかった!食べて絶対元気出す!!ありがとう!!」つって、わたし、食べまくったよ。
今シーズンのいちごのなかで、一番甘くて、美味しかった。

夫があのとき、感謝の心だけになったとき。
それは自分のことを考えなくなったからだろうと思う。
切り離された状態というか、もう自由になったとき。
そういう瞬間って、人生の中でそうあることじゃないけど、それでも、それは同時に本当に自分のことしか考えなくてよくなったときでもあると、わたしはなんとなく思う。
楽だろうなあと思う。
できそうでできないよね。これ。
だからこそ、常にそういう境地に入ろうと、人は修行を積んだり、信仰したりするのだろうけど。
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by azdrum | 2011-05-01 22:24 | ひとびと | Trackback | Comments(0)

ひとつの壁、無数の山、そして戦場には誰も行かせない

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今まで、何度も何度も、勉強するチャンスがあったのに、その度に、またきっとやることになるだろうから今ちゃんとやらなくていいいや、って真面目に取り組まなかった。
その気になればいつだって身につけることができるだろうと、たかをくくってなめてた。
ほんとにごめんなさい。全然出来ませんでした。なにひとつ、わかりませんでした!!!

本を買っても分からず、何が分からないのかも分からず、友達にヘルプを求めて、Skypeで指示を仰ぐ。
グラフィックソフトのレスポンスに翻弄されて、現状把握がまったくできない、説明もできないというのに、画面越しの友達は、根気づよくわたしの発するおそらく不適当な単語に耳を傾け、解析と推察を続けてくれた。
途中、何度「W君!すごいね?!よく今のわたしの言葉で、今ここがこうなってるってわかったね?!!!」と叫んだか!
ひえーほんとに頭がいいんだなあ。もし逆だったら絶対わたしにはできんよ・・・。
考えたら、わたしは、道を電話で聞かれても、ナビできないんだ。
よく知っている道でも、説明できない。これは、これは・・なにか危険だよね。

最後はひとりで、かたちになったらなんでもいいやって、でたらめだったと思う。
でもやった。終わった。(と思う。)
今まで避け続けてきたものと、少しつき合うことができて、わたしは嬉しい。
そういう必要ができた、迫られた、というのは本当にラッキーだったと思う。
自分に力がないことを思い知るのは、すごく痛い。だから逃げてきたんだと思う。
全部そこにある。わたしがずっと成長しないのは、そのせいだ。
進むには、通らなければ行けない道なんだよね。
他の人から見たら、実に些細なことだと思う。でも、やったのと、やらなかったのでは、わたしにとっては全然違う。
自分のふがいなさが全開になって、ほっとしたような気分でもある。

マコに、できたよって報告したら「初めてのことはいつも緊張するよねー」というお返事をもらった。
ほんとうにさらーっとした言葉だけど、そうだ、みんな初めてのときがあったんだ。しかも、初めてのことは、誰にとってもたくさんあるんだ。と思った。
自分だけ、すごく大仕事をしたような気持ちでいたけど、みんな日々、こういう思いをして、スキルを積んでいるのだなあと、恥ずかしくなったのと同時に、こういう怖さにびびらずにまたぶつかる勇気がでたよ。

W君、まこ、ありがとう。わたしはちょっぴり成長したよー。

W君とSkypeで明け方まで話した中で、本題よりも多かった、日常のことやこれからのこと。
その中の名言は、「おれはさー、戦場に行くのは別に怖くないんだけどさー、訓練がやなの。あれがやなの。すごい寒い中でさー、あれだよー、いろいろずっとやるんだよー?」
あまりのらしさに、笑いが止まらなかった!思い出してもおかしいよ。
このセリフには、何も足せないし、なにも削れない。完璧。
わたしも、家族や友達が戦場へ行くなんて、何があってもやっぱり嫌です。
なんとか、守りたいと、小さい力だけど、思うよ。

今朝、小粒のいちごをお皿にだしていて、しばらくしてテーブルを見たら、こんなふうに。
このへたののせ方、すごいよね。考えつかなかったよ。
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by azdrum | 2011-02-23 22:29 | ひとびと | Trackback | Comments(2)

おんなじ時間なんだけど


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たくさん冷凍庫にストックしたベーグルもどんどん少なくなって、それは美味しいものの在庫がなくなるってだけじゃない。
先月、東京で会えた友達のこと、念願のパスタのこと、パン屋さんツアーや、買って帰ったお土産のことも忘れないようにたくさん書きたいのに、全然まとまらんー。
みんなすごいなあ、わたしも旅のことや、映画や音楽や本のことを、たくさん書けるようになりたい。
いつか、今年訪れたたくさんの場所と、好きな人たちのこともまたブログに書きたい。

そんなこんなで、もう12月も終わりじゃない!
身辺がばたばたしてきて、毎日緊張であります。
わたしの夫が、来年の4月にちょっと大きな挑戦を控えています。
あんまり関係ないふうに、やろうと思ってきたけれど、なかなかそうもいかない。
そして、人間(夫)の成長というか、毎日起きる変化にひたすら感心している。
人って、こんなになれるんだー、って。
なんであれほど変えないと言っていたやり方をそんなにすぐに変えられるのかと聞くと、自分を知ったからだと答えた。
ふーん!ふーんふーんふーんふーん!そうなんだ。

今日はいろいろあって疲れた。
何があったってわけじゃないんだけど、不安とエゴと責任のバランスに自分でどつぼにはまった感じ。
お気に入りのジャージー牛乳を買いに行くためにちょっと遠くのスーパーまで行くつもりが道を間違えて、結局近くのスーパーに戻り、まあまあ好きな牛乳と、アイスクリームのコーナーでハーゲンダッツが198円だったので、リッチキャラメルのクリスピーサンドと、期間限定のタヒチアンバニラ&キャラメルを買って帰った。
ファンヒーターのスイッチを入れて、冷凍庫にアイスクリームを入れてすぐ、クリスピーサンドを食べちゃった。このそこまでくどくない濃厚さが好きだ。
元気もでたし、お風呂にでも入ろう。

前後不覚
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by azdrum | 2010-12-20 22:00 | ひとびと | Trackback | Comments(4)


暮らし、ひとびと、食べ物、映画、この優先順位で日々を送り、その日記を書く。カテゴリは増やしません!太鼓の音には耳をすませ!                                 


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