![]() 平成23年11月、馬路村にて。 昨日、BS日テレの「森人MORIGIN」という番組を見た。 とても素晴らしい番組だった。 この番組のリンクにあるディレクターズ日記を読んで、この番組にさらに興味がわいた。 特集されていたのは、高知県の馬路村という小さな村。 馬路村は天然杉に恵まれ、古くは林業で栄えたが、杉の伐採の過熱と木材の値下がりにより林業が衰退、現在は柚子の特産品で有名だ。 テレビをつけると、森人(番組中で森を案内する)として出てきたのは、清岡さんだった。 というか、清岡さんから夫に電話があって、今テレビつけろ!と言われてつけた。 馬路からさらに30分車で北へ進むと魚梁瀬(やなせ)という地区があり、そこからまたさらに30分進んだ奥に「千本山」とよばれる天然杉の杉林がある。 そこを案内する清岡さんは、もちろん山歩きの格好をしているのだけど、山に対する畏怖というか、大きなものに飲み込まれる側のけじめみたいなオーラをばんばん出していて、山を歩く姿がものすごく真剣で、丁寧だった。なんとなく自然を見ながら歩いているという感じが全くない。 ちいさな自然のトリック(ほんとは全然ちいさくないんだけど)に足を止めては、なにか確認するような感じで、頷いたり、溜息を漏らしたり、感激していた。 動物や、植物など、いつもそこに暮らす生命にたいして、遠慮しながら森を歩く姿に、自然と生きることをこうしてわきまえているんだなあ、謙虚になるものなんだなあと思った。 「樹齢何百年という木を、かつての人は機械も使わずに切っていた。自然と格闘してきた先人たちがいる。わたしは村の案内人として、“ここに千年前から生きている木がありますよ”と言うだけではなくて、ここで生きる人の暮らしを伝えてこそ、この村の歴史を残すと言えると思う。 100年後の村・・・難しい問題がたくさんあると思う。でも、わたしよりあとの世代が、また住み続けているだろうから、その人たちのために、素晴らしい部分に、さらに磨きをかけた状態で渡していきたい。そして、ここを気に入って住んでくれる人がいればとても嬉しい。」 そういうようなことを清岡さんがおっしゃっていた。 胸にずしんときた。 わたしは、広島で生まれて、少し東京に住んで、今高知で暮らしているけれど、そのいずれの場所も、好きなところや自慢できるところはたくさんあっても、誇りを持って、次の世代のために残していこう、と思ったことは一度もない。 住んでいる場所のためになにかしようと思ったことがないのだ。 代々続く家や土地に暮らしたこともないので、そういった感情が持てないということもあるし、その土地がもたらす(一次産業)仕事に就いたこともないし、現代、人は自由に住む場所を選べるので、土地に対する感謝の気持ちははっきり言って薄かった。 でも、高知に来てから、というか、本当に最近になって、ようやく少しだけ考え方が変わったような気がする。 食べ物がおいしいなー!ってただ思っていると、不思議とそこから、強引に、土地の力をなめてはいけないという気持ちにさせられる。 太陽があって、山があって、海があって、そういう自然を守ろうというような平べったいことじゃなく、この風景の中に、日本人は二千年暮らし続けてきたわけで、人ひとりの人生なんて長くたって100年そこそこなのに、自分の場所が、なんて偉そうに言っちゃいけないよなって、自分の肌に浮き出してくるみたいに、生々しく思われるのだ。 みんなの場所だし、これからも誰かの場所であり続けるし、何かを生み出す土地、その力を今、借りているだけ。 自分が生きるために、食べるために、土地の力を借りているんだと思うと、この大地の恵みにはもちろん(なんたって、食べ物が育つんだよ!)、こうしてこの場所を残してくれた先人たちにも、感謝したくなる。 そして、これをだれがまた受け継いで行くんだ、って思ったら、やっぱりもう、わたしたちが考えないといけない世代になってるんだよね。 受け取ってばかりだった時代を過ぎたんだなーと思う。残すことを考える。 当然、いろんな場所でいろんなものが必要とされているので、それぞれが残すものは、別に自然や土地に限ったことではなく、自分が世話になったものを大事にしていくということ。 わたしは縁あって、今はこの高知に住むことになって、さらに食いしん坊だし、この土地の力にたくさん甘えたいと思う。 その恩を、自分なりにどうやって返して行こうかと考え始めたところです。 ところで、その清岡さんのこと。 清岡さんは、夫が生き方に迷ったときや、くじけそうになっているときに叱咤激励してくださった方だ。 「君にしかない道を行け」という清岡さんの言葉に、夫は(そしてそれを聞いたわたし自身も)いつも強く背中を押されてきた。 昨年、そのお礼もかねて、清岡さんのお家の柚子の収穫をお手伝いさせていただいた。 トップの写真は、その時の写真です。 お家の裏山(すごい急斜面!)が柚子畑になっていて、ずっと上がって行くと、こんなに素晴らしい景色が広がる。 昨日のテレビの中でも、清岡さんのお気に入りスポットとしてここからの風景が紹介されていたので、きっと本当に自慢の村の眺めなんだと思う。 柚子の収穫は本当に大変で・・・。 今年もお手伝いをしたいと思うけど、もっと大人数で行かせてもらわないといけないかなー。 ![]() 段ボールや古新聞をまとめたり、不要な服をどうしようか悩んだりしていると、さっちゃんから寒中見舞いが届いた。 散らかった部屋を片付けるよりも先に、興奮して箱を開けてみると(ちょうどカッターナイフも出ていたし)、大好きなものがたくさん詰まっていて、思わず声を上げてしまった! 絵本や童話集、お茶、靴下など。 それにチョコレート、ピーナッツのカレンダー! スヌーピー、好きなんだよー。どうしよう。うれしい。 1月はめがねのマーシー。せんぱーいっていう子ね。 4コマのイラストもついているんだけど、チャーリー・ブラウンって、まんがだとチャックって呼ばれているんだね(英語)。 カレンダーは毎年さっちゃんが送ってくれていて、今年もありがたく定位置に貼付けました。 8月は誰かなー(自分の誕生月だから・・って、この歳になってなにやってんだかね。でもやるよね?みんな。やらない?やるでしょ。しつこい?)って見てみたら、チャーリー・ブラウンの妹のサリーだった。サリーかあ。 他にも、表面にたまごが塗ってあって分厚いクッキーが入っていて、世の中のクッキーと名のつくものの中では、この手のガリガリ系ガレットが一番好きだ。全粒粉も入っている。 しかも、かたちがかわいいんだよ。もったいなさ過ぎて食べれん。 3ヶ月ほど前、必要に迫られてついにデジタル一眼レフカメラを買いました。 この写真もそのカメラで撮ったんだけど、変化・・・ないよね、正直。(このブログは、携帯電話のカメラで撮った写真もまだ使ってるんだけど) カメラ、難しいーーーー!難しいわ。 いろんな有名なブロガーさんたちがこぞって、何枚も撮ります!それが上手になるコツ!みたいなこと、言ってる意味がわからん、素人がそこまでして、って思ってたけど(失礼よね、すみません)、やっとわかった気がする。 携帯電話のカメラなんて、全然迷わないでシャッター切れるよ、わたし。 でも一眼レフになると、これ押すの?みたいな。 表現したいことが曖昧なのに対して、カメラに任せられる選択肢が多過ぎるんだと思う。 携帯電話では撮りたいものには自分から寄っていくか、ファインダーにうつっているものをよしとするかしかないけれども、レンズが良いと、ズームもできるし、被写界深度も操れる。 それだけでもずいぶん雰囲気のある写真が撮れたりするものね。 だけど、どこからでも撮れるだけに、立ち位置にもサイズにも迷うし、良いところであるはずのレンズの長さ、そのレンズの長さぶん覗く角度が制限されて、椅子に乗ったり、手に高く持ったり、しゃがんだりするのが面倒で(これに尽きる)結局わたしは同じようなアングルで撮ってしまう。 かなしいことに、一番魅力的だと思っていたピンも全然決まらない。ていうか決められない。 ただ今撮りたいだけなんだけど・・・っていう自分には、やっぱり携帯でいいのかも。十分なのかも。 実際、必要だった写真も、携帯で撮るよりはそりゃあいいけど・・・っていう程度にしか写せなくて非常に落ち込んださー! カメラが良ければ良い写真が撮れると思っていたけど、間違ってた。ほんとごめんなさい。 写真をきれいに撮れる人、やっぱりすごいです。 必要な写真がきちんと撮れるまで、たくさん練習しようと思います。 デジカメのいいところって、これだよね。なんたって、タダだもんね。 ![]() テレビでリリィシュシュのすべてをやっているんだけど、見たいような見たくないような。 なので、音だけつけている。やっぱり見なくてもいいような・・。 ピエール・マルコリーニのチョコレートは、いつもハートのだけ最後に残してしまう! 好きなのから結構食べているつもりなのに、どうしてもこれだけは残るんだよ。 本日は成人式。 ショッピングモールにも振り袖姿の女の子がたくさんいて、すれ違うときに、小さい声でおめでとーって言いました。 若さっていいね!今頃きっとみんなで飲んでいるんだろうかね。うらやましい! ![]() 「横尾忠則 絵人百九面相」展 2011年7月17日(日)~9月25日(日) 高知県立美術館 2回も洗ったのにソフトクリームの匂いがとれてないハンカチが不快、しかしそれで汗を拭きながら、美術館まで歩く。 川を越えるのはどの街でも特別気分のいいもので、さっきまでの沈んだ気持ちもいくらかまぎれて、あの建物の中にあるたくさんの作品(みたことないけど)に出会って何かが始まるかもって期待が膨らむ。というか、何か始まりますようにと祈りながら、橋をわたる。 今回の横尾忠則展では、公開制作が行われるとのことで、ミーハーなわたしは、ぜひともその制作中に行かねばと思っていて、だってご本人を見たいじゃない!、描いてるんだよ!だから、その後でハローワークに行かなくてはいけないから時間が全然ないのに、無理矢理公開の最終日に滑り込みました。 13時から制作開始予定にもかかわらず、始まった(本人登場)のは45分過ぎ! あたしゃ14時には出ないといけないんだよ、でもいいんだ。 始まってから、おもむろにスタッフがCDプレイヤーを操作すると「南国土佐を後にして」が流れ出した。 本家のペギー葉山はわかるんだけど、そのあと歌ってんのだれだよ?どっかで聞いたことあるかすれた声・・と思っていたら、横尾さんが筆を止めて振り返り「これ、誰が歌ってるかわかります?」って聞いてきた。その問いかけが終わらないうちにおばちゃんが「小林旭!」って、イントロクイズのように! 「さすがですねえ」と、鷹揚に頷きながらまた絵に戻る横尾さん。 「南国土佐を後にして」が延々と繰り返し流れて、これこんなに聴きながら描けるのかなあ、結構イライラしない?って思ってたけども、わたしは。 施設で認知症の祖母が高らかに歌う「南国土佐を後にして」は、ところどころ間違っているのかも、って思った。でも、祖母と母は一緒に同じように歌っているので、ふたりとも間違っている。 ほとんど完成間近(その日に完成予定とのこと)の絵を見ながら、あとどこに手を入れるんだろうって思っていたけど、まるで予想と違うところを慎重かつ丹念に攻めていて驚いた。守ってない!普通にすごい! 時間の関係で、作品の展示の方はまた会期中に来ようと思って、ちょっと流すつもりがすっかり目を奪われてしまい、眺めすぎたために三分の一ぐらいしか見られなかった。 テクナメーションやコラージュ、シルクスクリーンは万華鏡みたいで、わたしの「横尾忠則像」はまさにこれだったけど、絵画作品はあまりみたことがなく、しかも見たと言っても雑誌やネットでのはなしで、実際に大きな作品を目の当たりにすると、絵が好きなんだなあー!ってことが全部に出ているというか、ポスターとか広告の絵みたいに大胆じゃないというか、面白がってる部分よりは大事に大事に描いている部分の方が大きいように思えた。 絵が描きたいなーと、わたしも思ったよ! わたしは、絵がぜんぜん得意じゃないので、好きな物を描くという楽しみは少ないけど、絵を描くのって素敵だなと思うことのひとつに、好きな色を選ぶ、ということがあると思う。 色を見るとか、色を思い浮かべるのが実に楽しい。 色を選ぶだけでは絵は描けないんだけど。 ところで、横尾忠則という字面は、ある友人と、いちばん一緒にいた夏を思い出させる。 バービー人形や、マックのハッピーセットのおまけや、スマイルマークのバッジのついたカメラや、ビクター犬や、モッズ風のワンピースや、彼氏に貢ぐ友達や、歌謡曲や、あらゆる昭和的なものをこよなく愛していた彼女に連れられて、19歳になったばかりの夏、初めて横尾忠則(トークショーにて)を見たのだ。 アートにかぶれた気になって、旅もしたし、ガラクタもいっぱいつくったし、そこかしこが出会いに満ちていた。 素晴らしい夏だった。 いったい、そのうちどれぐらいが今のわたしに残っているのだろう? あの夏もガラクタもとっくに行方がわからないというのに。 ![]() 開戦前夜、とっておいたシャンパンをあけて、食べるものはもうなんにも用意できなかったので、冷蔵庫や冷凍庫にあったものを適当に並べて、頑張ろうぜって乾杯をしたら、眠くて眠くて仕方がないなかで、夫が突然「なんかさっき急に、感謝の気持ちだけになったんだけど」とびっくりしたように言った。 さんざん周囲との軋轢に憤り、バランスをとるために遠回りをして、最後には意地と怒りがモチベーションになっているのかもしれないとすら、わたしは思っていた。 それが、ギリギリまで来ると、そういうものから解放されて、そんなふうに思えるんだなあと、うらやましかった。 「この気持ちを明日、言おうと思う」と言った。 翌朝、集まってくれた人の前で、夫はしゃべりだした。 そうしたら「ありがとうございます。」の後が、まったく出なくなった。 夫は、泣いていた。 「私には、何もありません。しかし、志だけで生意気な、何もないこの私に、多くの人が力を貸してくれました。頑張れ頑張れと支えてくれました。」 わかる、わかるよ。 目の前にいるのは、その軋轢を越えて、それでも集まってくれた人々で、始めから一緒に闘ってきてくれた人々で、うるさいことも言うけれど、好きなようにさせてくれた人々だから。 会場から「頑張れー!」という声が飛んできて「すみません。なぜ泣いているのか、自分でもわかりません」と言いながら、言葉がつまり、何度も大きく息を吐く姿は、ちょっとわたしにも信じがたく(そんなキャラじゃない)、わたしもそりゃあ泣いたけど、周りのおばちゃんも相当もらい泣きをしていて、一瞬何の集まりなのか、通りかかった人は一体何事か?ってびっくりしたと思う! 会の趣旨とはまったく違う雰囲気が漂っていたから。 最後、O君のあいさいさつでは、O君の原稿を持つ手と、それを読み上げる声が震えていて、そこに立っている彼の勇気と、こんな人が仲間なんだなあということにわたしは感動して、セレモニー的なものが終わり事務所でひとりになってからも、思い出してじーんとしていたら、Sさんが訪ねてきてくれた。 Sさんは、もうずいぶんおじいちゃんだけど、ユーモアと大和魂と自然への感謝を常に忘れない農夫さんで、夫をいつも見守ってくれた人だ。 そのSさんが、わたしの手をぎゅっと握って、「あの涙は、本物じゃった。涙はえい(良い)ぞね。まっこと。涙はえい。わしには、あの気持ちがわかる。」と言ってくれて、わたしはまた泣いた。 あの日たくさん泣いたせいか、夫は、その後の決定的な場面でも泣くことはなく、わたしも泣かなかった。 いろいろと続いた現実的な感情の方が勝って、涙がまったく出なかった。 ちなみに、夫は、あの日泣いたことを「神が降りてきた!」とネタにし、またネタにされている。 全てが終わってから1週間たって、ようやく、自分の欲求とか感情が戻ってきた。 感動したり、むかついたり、傷ついたりしても、心で処理できていなかったことが、これから改めてやってくるんだろうなあと思うとちょっとこわいけど(面倒だし疲れるよね)、仕方ない。 でも振り返ってみれば、素晴らしいことのほうが多かった。ほんとうに素晴らしいことのほうが。 それを素直に思えるようになって、少しだけ涙が出そうになったけど、まだ泣いてない。 いろんな人の励ましがあって、ここまでこれました。 特に、夫を励ましてくれる人はたくさんいるけど、わたしを励ましてくれる人は身近でもあまりいなかったので、とても支えられました。 みーちゃんから「同じ空の下、応援しています」というメールをもらって、応援しています、という言葉がこんなに心強いものだってはじめて分かった。 わたしもこれから、頑張って、だけじゃなく、応援しているよ、と伝えたいなあと思った。 わたしがくじけそうになった幾度目かの夜、事務所のインターホンがなり、開けてみると、背の小さいKちゃんがひょっこり顔をのぞかせて、手には箱にやまもりの!やまもりのいちごが! 「いちご食べて、元気出してください!」つって! 「わかった!食べて絶対元気出す!!ありがとう!!」つって、わたし、食べまくったよ。 今シーズンのいちごのなかで、一番甘くて、美味しかった。 夫があのとき、感謝の心だけになったとき。 それは自分のことを考えなくなったからだろうと思う。 切り離された状態というか、もう自由になったとき。 そういう瞬間って、人生の中でそうあることじゃないけど、それでも、それは同時に本当に自分のことしか考えなくてよくなったときでもあると、わたしはなんとなく思う。 楽だろうなあと思う。 できそうでできないよね。これ。 だからこそ、常にそういう境地に入ろうと、人は修行を積んだり、信仰したりするのだろうけど。 ![]() 今まで、何度も何度も、勉強するチャンスがあったのに、その度に、またきっとやることになるだろうから今ちゃんとやらなくていいいや、って真面目に取り組まなかった。 その気になればいつだって身につけることができるだろうと、たかをくくってなめてた。 ほんとにごめんなさい。全然出来ませんでした。なにひとつ、わかりませんでした!!! 本を買っても分からず、何が分からないのかも分からず、友達にヘルプを求めて、Skypeで指示を仰ぐ。 グラフィックソフトのレスポンスに翻弄されて、現状把握がまったくできない、説明もできないというのに、画面越しの友達は、根気づよくわたしの発するおそらく不適当な単語に耳を傾け、解析と推察を続けてくれた。 途中、何度「W君!すごいね?!よく今のわたしの言葉で、今ここがこうなってるってわかったね?!!!」と叫んだか! ひえーほんとに頭がいいんだなあ。もし逆だったら絶対わたしにはできんよ・・・。 考えたら、わたしは、道を電話で聞かれても、ナビできないんだ。 よく知っている道でも、説明できない。これは、これは・・なにか危険だよね。 最後はひとりで、かたちになったらなんでもいいやって、でたらめだったと思う。 でもやった。終わった。(と思う。) 今まで避け続けてきたものと、少しつき合うことができて、わたしは嬉しい。 そういう必要ができた、迫られた、というのは本当にラッキーだったと思う。 自分に力がないことを思い知るのは、すごく痛い。だから逃げてきたんだと思う。 全部そこにある。わたしがずっと成長しないのは、そのせいだ。 進むには、通らなければ行けない道なんだよね。 他の人から見たら、実に些細なことだと思う。でも、やったのと、やらなかったのでは、わたしにとっては全然違う。 自分のふがいなさが全開になって、ほっとしたような気分でもある。 マコに、できたよって報告したら「初めてのことはいつも緊張するよねー」というお返事をもらった。 ほんとうにさらーっとした言葉だけど、そうだ、みんな初めてのときがあったんだ。しかも、初めてのことは、誰にとってもたくさんあるんだ。と思った。 自分だけ、すごく大仕事をしたような気持ちでいたけど、みんな日々、こういう思いをして、スキルを積んでいるのだなあと、恥ずかしくなったのと同時に、こういう怖さにびびらずにまたぶつかる勇気がでたよ。 W君、まこ、ありがとう。わたしはちょっぴり成長したよー。 W君とSkypeで明け方まで話した中で、本題よりも多かった、日常のことやこれからのこと。 その中の名言は、「おれはさー、戦場に行くのは別に怖くないんだけどさー、訓練がやなの。あれがやなの。すごい寒い中でさー、あれだよー、いろいろずっとやるんだよー?」 あまりのらしさに、笑いが止まらなかった!思い出してもおかしいよ。 このセリフには、何も足せないし、なにも削れない。完璧。 わたしも、家族や友達が戦場へ行くなんて、何があってもやっぱり嫌です。 なんとか、守りたいと、小さい力だけど、思うよ。 今朝、小粒のいちごをお皿にだしていて、しばらくしてテーブルを見たら、こんなふうに。 このへたののせ方、すごいよね。考えつかなかったよ。 ![]() たくさん冷凍庫にストックしたベーグルもどんどん少なくなって、それは美味しいものの在庫がなくなるってだけじゃない。 先月、東京で会えた友達のこと、念願のパスタのこと、パン屋さんツアーや、買って帰ったお土産のことも忘れないようにたくさん書きたいのに、全然まとまらんー。 みんなすごいなあ、わたしも旅のことや、映画や音楽や本のことを、たくさん書けるようになりたい。 いつか、今年訪れたたくさんの場所と、好きな人たちのこともまたブログに書きたい。 そんなこんなで、もう12月も終わりじゃない! 身辺がばたばたしてきて、毎日緊張であります。 わたしの夫が、来年の4月にちょっと大きな挑戦を控えています。 あんまり関係ないふうに、やろうと思ってきたけれど、なかなかそうもいかない。 そして、人間(夫)の成長というか、毎日起きる変化にひたすら感心している。 人って、こんなになれるんだー、って。 なんであれほど変えないと言っていたやり方をそんなにすぐに変えられるのかと聞くと、自分を知ったからだと答えた。 ふーん!ふーんふーんふーんふーん!そうなんだ。 今日はいろいろあって疲れた。 何があったってわけじゃないんだけど、不安とエゴと責任のバランスに自分でどつぼにはまった感じ。 お気に入りのジャージー牛乳を買いに行くためにちょっと遠くのスーパーまで行くつもりが道を間違えて、結局近くのスーパーに戻り、まあまあ好きな牛乳と、アイスクリームのコーナーでハーゲンダッツが198円だったので、リッチキャラメルのクリスピーサンドと、期間限定のタヒチアンバニラ&キャラメルを買って帰った。 ファンヒーターのスイッチを入れて、冷凍庫にアイスクリームを入れてすぐ、クリスピーサンドを食べちゃった。このそこまでくどくない濃厚さが好きだ。 元気もでたし、お風呂にでも入ろう。 前後不覚 ![]() 絵がうまいとか、歌がうまいとか、泳ぐのが速いとか、事務処理が早いとか、褒めるのがうまいとか、謝るのがうまいとか、力持ちだとか、エッチだとか、姿かたちが美しいとか、そこに誰にでもはっきりとわかるほど普通との差があって、なおかつ、それでお金が稼げるというのが、才能だと思ってる。 お金にするつもりがあるかどうかっていうのが特技と才能の(わたしの中での)違いで、べつにお金をいくら稼いだかは、まああんまり関係ないんだけど、自己完結に向かわないところなどは、本当にうらやましくてうらやましくて、うらやましくて、うらやましい。 前も言ったけど、まわりを見渡すと、そんな才能にあふれた人たちばかりで、たまに気が滅入る。 自分の才能はなんだろう、みたいなどうしようもないようなことを今更思ってみたり。 そんなふうにどんよりすることもあるけれど、立ち直るのも早い。 望んだところに生まれるのが才能ってわけじゃないんだってことがわかりつつあるこの頃。 受け入れる覚悟を決めた人々の潔さが、かっこよすぎるこの頃。 しかしだよ。 前衛的なアートシーンをいつもいくつも泥臭くさばいていくわたしの憧れの人は、信じられないぐらい無味無臭の文章を書く。 ツイッターとか、メールマガジンとか、彼の書いたものをみるにつけ、この人が文章を選ばなくて良かった、と心から思うのであります。 彼が立っていると、遠くからでもすぐにわかるような、まわりと一切なじまない獣みたいな、ちょっとぞっとするような、でも気になって仕方ない、そんなオーラが淀みなくあたりにどわーっと充満していて、話す声や、息づかいも人間じゃないようで、それくらい飛び出してる人なんだけど、小学生の日記並みに「昨日は〜〜をしました。今日は〜〜やります。みなさん来てください」って、すごいなって、逆に思ったよね。 だけど、それでもなんかしらおかしいってことは分かる、や、でもこれは彼を知ってるからそう読み取れるだけなのだろうか? 知らなかったら、やっぱりあのバイタリティとかガツガツ感とかは伝わらないだろう。 あれ、なにが言いたいかわからんくなってきた。 おんなじ人間なんだよね、ってことなんです。思ったのは。 意外な一面をみんなたくさん持ち合わせていて、カードを出すみたいに、その都度、使って、またもらってってやってるんだなーって。 揃った時が使い時。揃わなくても、カードはある、ここで負けてもまた次違うのが来るじゃん、みたいなさ。 完全に、自分を励ましてる感じする!!!はずかし。そんなブログです。 パンケーキのレシピの改良を重ね好みのものが焼けるようになったとき、これは、このブログ初のレシピ公開となるのでは?そしてパンケーキのお店とか開いたりしたらどうしよう?なんて思ったりしたけど、あっさりそのレシピの問題点も出てくる始末。 今のところ、パンケーキの才能はあんまりないみたい。
コインロッカーの番号を選ぶとき、1968にした。
好きな数字である! 本日、むっちゃんみーちゃんとめぐる三都物語を終えて高知に帰ってきました。 京都の異常な暑さに恨み節だったですが、高知もたいがいでした。ごめんね京都。 帰って着替えたらすぐ出かけなくてはいけなくて、買ってきた漆器や絵はがきもひもとけず、お腹がすいていたので、義兄一家からのお土産にもらったねんりん屋のバームクーヘンを手でカットして、コーヒーカップに牛乳を入れて、食べました。 バームクーヘンはお皿にもナプキンにものせず手にそのままもって。 お行儀の悪い仕草が似合うようになりたいです。 もう夜中の一時を過ぎていますが、冷蔵庫の中のおにぎりが食べたくてどうしていいかわかりません。 普通だったら食べないんでしょう。
東京での5日間は、目の前にあるものが好き過ぎて、思考停止してた。
一緒にごはんを食べてくれる友人たちや、会わない間に起きた物語や、値段の下がった品々や、地下鉄の人ごみや、懐かしい家に、わたしはもう完全に瞳孔開いてた。仮死だった。 胸がいっぱいで、ほんとにごはんがあんまり食べられなかった。この食いしん坊のわたしがだよ! せっかくの東京なのに、スターバックスでサンドイッチとか食べてて、しかもそれすら完食できなかったんだから。(ま、他の女子に比べたらそれでも食べますよ、食べますけどね。) 夜ご飯も、いろんなところに行きたかったけど、餃子2個食べてやけどして、大好きな紹興酒もほとんどえりちゃんが飲んでた。 お昼ご飯は、みーちゃんが憧れのお茶懐石に連れて行ってくれたり、まことおそばを食べたりした。 着いた日の夜、学校の時の友達と新宿の雑居ビルの中でご飯食べたけど、アイスプラントの味しか(というかアイスプラントには思い出すべき味なんてないということしか)思い出せない。 バーニャカウダっていう言葉に身を乗り出して「今なんつったぁ?!」って言ったやまちゃんが最高だった。 やまちゃん見てたら、うちで初めてカレー食べた日のこと思い出して最後号泣しちゃったんだよ。 そしたら、にっくんが「どうやって泣くんだよー。オレも泣きたいよ!」とか言ってた。 なんかでもそれわかる。わたしはちょっとしたことですぐ泣きたくなるけど泣けるときはあんまりない。だけど、ほんとに泣き出した時は、いつもなんでかわからない。しょうがないじゃん。 (今回初めて会ったH君のめちゃくちゃ素敵な彼女は、「秋と冬には泣きたくなるよね」みたいなことを言っていたけど、泣きたいのと、泣けるのと、わたしは一緒じゃないから困るんだよなー。) あと、わたしが月曜日と金曜日を間違えたことに対するみんなの反応ね、それぞれがおそろしく変わってない! ホテルに帰ったらスカート半分脱いでベッドに寝てて、むっちゃんに「その脱ぎ方は・・」って言われたよ。だってお腹のゴムのところが苦しかったんだもん。 朝ごはん、一緒にこっそり食べたよね。 また一緒に。バスとか、買い物とか、意外とどうでもいいのとか、でも鋭く気持ちを任せ合うこととか、おばあちゃんになっても自信ある、変わらない。 そして、神楽坂のイタリアンでは久々のろまんてぃっく同盟。 しかし、恵比寿でえびを食べた前回のことはCちゃんの記憶になく、思い出せない理由として「日付的に考えてみたら、その後にその店で合コンやってんだよね!上書きされたみたい」と言っていた。 Cちゃんの元カレの話は、いつ聞いてもおもしろい。 古典落語みたいに、何度でも聞きたい。 昔Sくんの働いていた沖縄のホテルにやってきたヒーラーとチャネラーそして飼い犬のアーノルドの話です。 これが最高なんだって!聞きたい人のために、動画をアップしたいぐらいです。ヒーラーて! どうしよう。おちを言いたくてしかたない! 今の彼と結婚するときは、絶対にかけつける!! それにしても。 「だからー結局あれでしょ?あずさは、いやーあんときねー!あははは!って、まだ言えないってことでしょ?」だってさ。 まとめてくれるじゃない。ちぇ。でもわかってくれるじゃない。 言える日が来るんだろうか?!二度と会わないかもしれないというのに! 2軒目では、いろんなモヒートがあって「他にはないんですか?」って聞いたら「普通のもあります」と言われたので、断然「普通ので!」じゃない? 電車はもうなくて、ふたりでタクシーに乗って、わたしが先に降りたのでお金を払おうとしたら、「おつりあるよー」って、Cちゃんのお財布から万札が10枚ぐらい出て来てびびったよ。 ほりちゃんもCちゃんも、自分の才能と情熱を仕事にしている人たちだから、うらやましかった。 いろいろいろいろと、まこに打ち明けて、おそばを食べて、なんか自分があほらしくなりじわっときた。 まこは愛の人だったからわたしは、これまでの行き場のない日々を全部集めてお墓に入れてあげたいなっていう安らかな気持ちになったわけです。 いつの頃からか、愛した人の骨をたとえば靴下の中とかにしのばせて歩く未亡人みたく、姿のないものに執着をしたものだ。 手の届かないところに、ちゃんとしまっておく場所をつくる。その方が楽だし、なにより、もう要らないってわかってしまったから(しかし、心からそう思うのにはもしかしたら少し時間がいるかもね)。 そしてその日、わたしは「forbidden」という言葉の意味を覚えた。 表参道で。 横断歩道をわたるところで。 雨が降り出す少し前に。 みーちゃんとむっちゃんは同じブランドのかわいいお帽子をかぶっていて、夏の気分のまま、ラデュレでお茶をした。 美味し過ぎて(←語彙がなさすぎ)ぶっとんだ。マダムのティータイムにはほど遠かったけど。 みーちゃんが出したパリの本、かわいかったー。表紙が青紫なんだよ。 みーちゃんは、好きな人がたくさんいすぎて忘れちゃうって言ってた!だから結婚なんてしなくても楽しいんだって。そりゃそうだよね。 そして、みーちゃんのママからは、ママが描いた絵のはがきを10枚もらった。 こないだ遊びに行ったときに、ちょっとだけポーズのモデルをして、何枚か写真を撮ってお手伝いしただけなのに、「全然あずさちゃんに似てなくなっちゃった!見ないで描くんだもん、我ながらすごいよね」って・・・、ほんと似てないし、そんときもう誰か描いてたじゃん・・。かわいいなあ。この親子が好きだー。 辻堂に住むカッキーには、江ノ島が見えるレストランでランチをごちそうになった。 「高知まで今いけないから、ごちそうしたいんだ」って言ってくれた。 なんか、それで、高知まで本当は来てくれようとしてるってことがすごくすごくわかって、嬉しくて、どこにでも行けるわたしは、いつでもまた会いにくるよって思った。 雨女同士だから、なぜか雨が上がって晴れて、江ノ島は光ってて、ちょっともやっとしてて、お店の音楽が80'sだったので、わたしたち1965年生まれだったかもっていう錯覚が!(ワム!はかからなかったね)ボードウォークを行き交う人々のアッパーさは、さすが湘南。なんか忘れるもんね。 気温においても日差しに置いても、夏に近いのはいつでも高知だと思うけど、質が全然違う。 カッキーは「このまちに救われてる」と言った。湘南の海とこの街道が、カッキーのこころをずーっとうわつかせてくれますように、と祈った。今も祈ってる。太平洋はつながってるんだぜー!(それも世界と) お土産にもらったたこせんべいがとまらぬ美味しさ。ひとりじめしてやろうと思う。 新宿のピッツェリアに営業時間の確認をするつもりで電話したのに、気づいたら予約してた、とみーちゃんが言った。 H君の彼女のHちゃんと初対面。写真で見るより、想像するより、一目見ただけで伝わる純真さというか、うつくしさに完全にぼーっとしてしまった。品がいい!H君も品がいいもんね。(ということをW氏と確認し合ったので多分そう。) 「白髪がねー」って、わたしは抜くのがめんどいと言ったら、Hちゃんは「わたし、大事にしてる・・」って、すっごいかわいく言った。 す、すてき・・。白髪を・・大事に・・・・・・できない!!!やっぱむり!わーん。 なんでわたしは、こういう人間なんだろう。だめなところがいっぱい。いや、白髪を大事に出来ないからじゃなくて、そうじゃなくて。自分をだめって、しかもここで言っちゃうこともそうなんだけど、昔は言ってなかったような気もしてて、もっと自分のことをいつも好きだった気がするんだけど、今はどうだろう?努力が必要だね。うむ。 想像したような出来ごとに出会えなくてもそれが旅だってことで納得する、と言ったら、タイ、ヴィエトナム方面を旅していたW氏は「あ、それわかる」と言ってくれて、旅から戻った彼の表情のそういえばいつもより悩ましい感じがうらやましかった。まだまだですねわたしは。知らないところに行ってない。 相変わらず、H君は頻繁に頭を抱えていたし、W氏は苦悩と自由を味わっていたし、みーちゃんは前菜を食べ過ぎた(パスタの頃にはお腹いっぱい)と悔やんでいたし、わたしもいつものように酔っぱらっていた。目の前のHちゃんは天使のようだし! 帰り道、新宿三丁目の階段の前で別々になるとき、お泊まりセットと買ったパンで両手が塞がっていたので、わたしはこころの腕でみんなとハグをした。 またすぐ会うんだろうなー。 Cちゃんとタクシーで別れた後、「きっと私たちはまたこれからも会うだろうし、その時にはその時の話したいことがある」とメールをくれた。本当にそうだと思う。 会いたいときに会えなくても、会えたときは会えたときで、それが会うということ。 この旅は特別ではなかったけど、それだけに、普段のさびしさとか、足りないなーってところとか、やはり無理だったんだとか、そういうことに気づかされた旅でもあった。 だからちょっと、移動の間とかに、このさいこのコンコースでごろーんて寝転んじゃおうかな、みたいなやさぐれ半分どうでもいい半分の気分になったりもしたんだけど、結局、図太いわたしの神経がそれをさせなかったよ! いろいろ言って、残るのはそこなんだね。図太さか。一応チャーム・ポイントにしてみる。 そして、図太いってことは、まだまだ生きてくってこと! 自分の生命力をおいしいきれいな水で育ててあげようと、わくわくできた。 旅日記、分割しないで長く書きました。 会いたい人に会える旅がまたすぐできそうで楽しみにしてる。 会えた人も、会えなかったひとも、全部ありがとう。またどこかで。 < 前のページ次のページ >
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