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体力と気力

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3階建ての3階部分を借りて住んでいるのだけど、玄関は1階にあり、内階段で3階まであがる。
なので、むだに掃除を必要とする範囲が広い!
(ちなみに、宅急便などの重い荷物も1階までしか届かない笑)
掃除機をかけるのがとっても大変で、コードレスの掃除機があればっていつも思う。
でもこれがひきこもりの私の唯一の運動と思って、耐えている。

昨日、あんかけ焼きそばが食べたいなーとつぶやいたら、夫が、じゃあ近所の中華料理屋さんに行くー?と言ったので、よろこんで外に。
しかし、あんかけ焼きそばはなかった!
私がたべたいのは、あんかけ「焼き」そばなのであって、「揚げ」そばではないのだよ。
かるくほぐれた麺を両面こんがり焼いてあって、そこにあつあつのあんが・・・っていうやつ。
たいした材料でもないし、家で作ろうか迷ったんだよねー。わーん。

街中にひっこしてきて、食べ物屋さんがこんなにあるのに、ほとんど外食をしない。
夫は会食が多いので(昔よりは随分減ったけど)、何にも予定がない日にまで外でっていうと疲れるかなーって、私からはあんまり言えなかったり、ひとりで行くほど行動的でもないし、気軽に誘う友達もいない。
ふだんのお昼はふたりともだいたい家だし。
ただそんな理由。
本当は、ぱーっと飲みに行きたい時や、そとで美味しいもの食べたいなーってときはいっぱいある。
というか、つくりたくない!ってときが8割!
(ま、そのぶん家でしこたま飲んでいる。)

なので、そとでご飯食べるのがうれしくて、あんかけ焼きそばがないショックからはすぐに立ち直り、やわらかい麺の焼きそばを選んで(これもおいしい)私のこころは満ち足りた。
いつもいっぱいのお店なので、11時半の開店を少し過ぎてから行くと店内はもうほぼ満席!
カウンター席に通してもらって、しばらく待つ間に厨房の奥の方を興味深く眺めていた。
調理する人々の身のこなし、真剣な表情をみていると、なんとなく元気が出てくる。
かっこいいなあ。大きな中華鍋と炎のなかに身を乗り出してる感じだもんね。

食べながら夫と仕事についてあれこれ話し、ちょっと厳しいことも言われてどきっとした。
完全に見透かされてる・・・。
もっと甘やかしてくれるかなと期待してたんだけどだめだった笑。
ちっ。

「あーちゃんがどうしたいかだよ。どっちの人生選ぶか考えたら、やることわかるよね?
そのためには我慢しなきゃいけないときもあるんだよ」って。
我慢しなくていいよ、好きにやっていいんだよっていつもだったら言うのにな。
あまりにも私が楽しようとしてるのがバレたんだな笑
めずらしく本気で来たからびびってしまった。

気力を養うためにも、体力いるよなあとしみじみ思う。
集中力がない、耐えきれない、というのは体力の部分によるよね。
毎日のラジオ体操も続けられない、これは気力なのか。
どっかのブートキャンプに強制的に入れられて、根性叩きなおしてもらうレベルなのではないかと。
ああ〜。辛抱我慢辛抱我慢。(←しこふんじゃった。)

今日は、絶対に絶対に、15センチ四方を埋める。

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by azdrum | 2017-11-19 17:14 | 暮らし | Trackback | Comments(0)

サンタ・マリア・ノヴェッラのなんか

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さ、さ、さむいー。
今夜はすっきりだらだらするぞー!と、今朝は市場でシークワーサーを買った(いいちこにいれる)ので、なんとかこぎつけたい。
夫のいない夜はいつもなんかパッとしない過ごし方になってしまう。
(ごはんつくらなくていい、だらしなくしててもいい解放感が行きすぎて、結局なにもできないで終わるパターン。)
今日こそ防ぎたい。
宿題終わらせてから飲むぞー。
でも、こういうブログ書いてるときは、本当に仕事したくないとき笑。

この前、N子さんのところで打ち合わせをした帰りに「香りは好き?」と聞かれて、「鈍感だけど、好きです!」と言ったら、ものすごい時間をかけて「あれ〜あの箱どこいったかなあ〜?」といろんな場所を探した後で、このサンタ・マリア・ノヴェッラのポプリを掘り出して、私にくれた。
うれしい〜!
それなのに、リュックにそのまま入れて帰ったらパッケージもしわくちゃに・・。
いろいろ雑なおれ。

でもN子さんもけっこうすごくて、このポプリをなにかにうつすとか包むとかせずに、袋をビリっと破いてパッケージごとそこらへんに放置するというウルトラCをやっていたので、私は感激したのだった。
(バッグとか、クローゼットとかにもしまっているとのことなので、それはさすがになにかに包んでいるのだろうけど。)

今、N子さんは制作に追われていて、すごく大変だから、きっとこまかいことはどうでもいいから今すぐ癒されたい!って感じなんだろうなと推察。
だって、PCが超絶苦手なN子さんがこのポプリをネットでオーダーしたと言っていたので、それはもうよっぽどだ。

N子さんのことが私は大好きだ。
私よりもひと回り上のN子さんは、見た目もはなしかたもおっとりしたお嬢様で、作るものも繊細でうつくしく、隙のない、しんと澄んだものばかりなのだけど、仕事場の風景はいったどこのおっさんたちが働いている工場なんだよ?って思うくらいガテン要素満タンで、これをこのお嬢様がひとりで切り盛りしているなんて信じがたいほど。
私とはちがって、自分の作りたいものしかつくらない、本当の意味での作家、アーティストと思う。
自分に厳しく他人にはすごく優しく、真面目で、かわいくて、頑固で、ロマンチスト。
わりといつも悩んでるイメージだったのだけど、この間行ったときはちょっと前とは様子が違っていた。

「ちょっとだけ自信が持てるようになった。」
N子さんはそう言っていた。
なんかそれを聞いて泣きそうになってしまった。
N子さんは、ずっとぶれずに作家をして来た人だけど、自信があるからそうしてきたというよりも、自分にはこれしかできないと思ってやってきたタイプの人で、自信があろうがなかろうが、それ以外の生き方ができないのだ。
逆にいうと、他人にどれだけ評価されたとしても、それがずれている場合は無意味になるし、どんなに自信があっても評価されない場合もある。
だから、もっとのびのびとやっている人がうらやましかったり、お金になる仕事がなくて落ち込んだりしてしまう。
そういうの、私はN子さんほど純粋ではないにしても、すごくよくわかる。

このたび、N子さんは、ものをつくってきてほぼ初めてというくらい、ちゃんと評価されたという実感を得たのらしい。
今までやってきたことは間違いじゃなかったんだって、やっと思えたと。
N子さん!よかったですね〜〜〜〜!って抱き合いたい気分だったけど、もちろんできず笑、私は笑って涙を拭く真似をしてみせるのにとどめた。

「あなたも、私はこういう仕事しかできませんと、はっきり看板出したほうがいいかもしれない。」
壁にかかる、N子さんのお友達がつくった版画を見ながらN子さんは続けた。
「彼(版画の人)のように好きなことがたくさん出来る人はいいなあと思う。でも、私はそうじゃない。好きなことはあるけど、少ないから困るのよ。」と。
「たとえば、絵も描きたい、描きたい絵はもう決まっていて、少ししかない。でもそういうのならいくらでもかける。
かといって、これでは仕事(お金)にはならないでしょ?」

私は、そこまで純粋じゃないけど、少しっていうのではおんなじかなあ笑
量というか、範囲が狭いっていう意味で。
やりたいことは、もちろん今の仕事の中にもあるけど、それだけじゃないし、もっと脈絡なく暮らしに点在している。
結局、私的なこと(私の/誰かの)にしか興味が持てないんだと思う。
そんなの仕事のジャンルとして成立しないし、そうなると肩書きもつけられない。

「でもそれでいいんじゃない?」とN子さんは言ってくれた。
どうせそれしかできないんだし、と。
ふだんはN子さんのお悩みを聞いて、うんうんと頷くだけなのに、気がつくとN子さんに励まされるというすごい展開になっていた!

そして、「まああんまり悩まないで〜」と言って、帰り際に私にこのポプリをくれた。
でもまだ開けてない。
いつ開けよう。
びりっと放置ってわけにもいかないもんね、自宅の場合。
悩むのもほどほどにしよう。

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by azdrum | 2017-10-31 19:05 | 暮らし | Trackback | Comments(0)

触れる、押す。(私のキーボード愛およびMacintosh回想)

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思えば、初めて自分で選んで買ってもらったおもちゃは、タイプライターだった。
ミンキーモモの!

もしかしたら家業が印刷屋だったというのも影響しているせいか、私は文字と紙というものをフィジカルに愛しているような気がする。
タイポグラフィーとかフォントのビジュアルとかだって大事にしているが、それよりも文字そのものが、重さを感じる物体として好きなのだと思う。

文字が紙に印字されるという一連の動きが私のDNAにふかくイメージとして組み込まれているのかもしれない、なんて言ってみたいけど、たぶんそんなロマンティックなことでもなく、単に好みの話ですね。
じゃあ紙媒体すべてが好きなのかというとそういうことでもないもんね・・・。

というわけで文字を打ち込む道具がとても好きだ。
プラスティックテープにカチャカチャ打ち込むやつも小学生のときにスタンプを集めてもらったり、従姉妹にゆずってもらったワープロで小説(もどき)を書いたり、ファミコンじゃなくMSXだった我が家は、ちっさいPCがあったので(ゲーム用のコンピューターなのでしょぼい)それで文字を打って遊んだり、親の工場で活字を組むのを眺めたり。
DNAでいうなら、この版組、文字組が私の今の仕事のなかで一番影響を受けているかも。
デザインの中では文字組がいちばん得意というか、それだけでも成立させられるし、唯一積極的になれる要素。
親の仕事がDTPの普及によって奪われていったとしたら、それによって職を得ている娘がいるということで、その功罪もきっちり吸収されているはず(どこにかわからないけど)。
結構忘れていたけど、本当に文字を打つのが好きだったようだ笑。
英文タイプ部とか、ちょっと入りたかったもんね。

なので、今のタッチパネル全盛の世の中が結構つらい。
文字は打ちたいのだよ。
打ち込みたいのだよ。
ATMのたぐいも、物理キーがある場合はそっちを押す!

PDAとかも、めちゃくちゃ欲しかったなあ!(使うあてもないくせに)
携帯もQWERTYで打てる機種だったし、スマートフォンになってからもBlackBerryにしていた。
一度だけiPhoneにしたけど、どうしてもタッチパネルに慣れなくて、海外のサイトからBlackBerryを取り寄せて使ってきた。

iPhone時代には、キーボードへの衝動を抑えきれず、MILANの電卓買ったもんね笑。
ボタンが多いというだけでこれを選んだが、ぜんぜん使えなくて(たぶん建築とかする人が使うやつだと思うの。関数とかオレ使わない・・)、結局、無印の電卓に買い替えたっていう・・。
消費税の計算とか一番使うから、嬉しい〜。←普通すぎる
ちなみに、こういうガジェット系は、昔ネットで見た誰かの持ち物ページに影響されて以来、おっさんぽく黒系にまとめている。
RICOHのコンパクトカメラがそれに入ってて、なんかかっこよかったんだよね。カクカクしてて。

私はAppleの製品はとっても好きだし、長く使っている方だと思う。
Macintosh SE、Performa(←あったよね?なかったっけ?)、classicとかⅡとか??
とにかく、18歳以降いろんな場面で使ってきたのはMacだったので、信者と揶揄されようとも、まだApple製品使っちゃう。
ほんとうによくできてるよなあと、どれを取っても感動する。

そんな私でも、iPhoneだけはむりー。
「iPhoneにキーボードついてたら買うのになあ」というたびに、「それ、ジョブズが一番いらないっていってたやつ」と夫に冷たい目で見られている。
というか、iPhone持ってた時も、BTのキーボードを取り付けて使っていたので、友達にも「ださすぎ!」って軽く怒られたりしていた笑
そうなの。デザインだいなし!笑
ほんとにもー、ジョナサン・アイブさんすんません、って感じだよね笑

今使っているBlackBerry Keyoneは、AndroidOSなので、ほとんどのアプリがMacでも使えるし、iCloudのアカウントもIMAPで簡単に設定できるし(カレンダー、アドレスも)、今まで唯一めんどくさかったメモも同期しつつ使えるようになった。
画面とかアイコンのデザインがちょびっとダサくて設定もすごい見辛いけど、ショートカットはふんだんに使えるし、文句は言えない。
トラックパッドがなくなったことだけが、残念すぎる。
あれが復活したら、すぐにでも買い換えるってくらい、トラックパッドはすばらしかった。(というかタブ移動&Enterが。)
本当は、BlackBerryOSのほうが優れていると思うけど、Androidアプリの恩恵には勝てないよなあ。
もちろんiOSとは比べものにならないけど。
Appleの思想というのは、本当にマッチョなんだねえ。

しかしそのMacのキーボードのキータッチも、年々ストロークが浅くなるというか、タッチ感が薄くなるいっぽう。
ラップトップのキータッチと一緒。
もっと深く押したい私はものたりない。
カチャカチャ言わして文字を打ちたいのに、音もふわっとしていて均一的で、おもしろくない。
とくに、今のこのUSのキーボードはふわっとしている!(JISのほうはもうちょっとカチャカチャいう)
(待ちに待っていたテンキー付きのMagic keyboardが今年やっと出たんす。)

なんか、最近のなんでも薄くして、ぜんぶ隠して、均一になっているものにちょっと飽きてきてるところもあるんだろうな、私が。
昔のMacintosh、かわいかったよね〜〜〜〜!
カクッとしつつも、ころんとしてて。
ファインダーのあのマークがお迎えしてくれて。
ことえりのマークも色がついてた。
キーボードのコマンドキーはリンゴマークでね。
iPodの最初の頃のとか、すごく好きだったんだー。
ずっしりとした重みと厚み、あのホイールのクリック感。

きっとAppleがデスクトップPCからキーボードをなくす日も遠くないだろう。
それは宿命のようなものだし、仕方がないと思う。
じっさい、iPad Proも使っているけど、もうPCとの間というか、補完する以上の立ち位置だっていうのはよくわかる。
というか、まさにタッチパネルがなければできないこと、PCだけではどうしてもできなかったことができるのであって、キーボードとひきかえにして得たものは大きいのだ。
けれど私は、キーボードがこの世にある限り、キーボードの使えるほうのマシンを選ぶにちがいない。
いま、こうして文字を打っているだけでもわくわくするのだから!

村上春樹が、戦場の街角でタイプライターを打つヘミングウェイが小説家像としてあったから、原稿をワープロで打つようにした、みたいなことをどこかで書いていた。
なんとなくそんな感じ。
私は作家でもなんでもないけど、キーボードを使っているということが、大人になった証のように思うし、文字を感じる(私にとって)適切な手段としてこれからも大事にしたい。


こんな女子度低めのエントリーをもちまして、私の永遠のキーボード愛の誓いとさせていただきます。

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by azdrum | 2017-10-28 19:50 | 暮らし | Trackback | Comments(2)

夢に見るまでもないいくつかのこと

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最近、上手に眠れない。
まったく眠くならない日もあれば、起きていられないほどの日があったり、明け方にぱっちり目が冴えてしまったり、夕方まで昼寝をしてしまったり・・・。
不眠というのではなくて、眠りのパターンがバラバラになっていて、ついていけない感じ。
まあ別に、外で働いているのではないので、なにかすごく困ってるってわけでもないが。

今朝は夫がまだ暗いうちにアラームをかけていた。
私はその1時間くらい前に目が覚めていて、ベッドの中でそのアラームをちゃんと聞いた。
夫が出かける支度をするのを見ていたら徐々に眠くなり、夫のベッドに移動して、やっと眠れたと思ったのだが、そこから始まった夢がひどかった。

家に帰るバスを乗り間違えて、すぐにおりて、正しいバスに乗りたかったのに、バス停で正しいバスが通り過ぎたり、乗れなかったりして、ついに最終バスも逃してしまう。
別の路線バスに乗るために、かなり離れた場所に向かって歩き始めたところ、足がぜんぜん進まないの!
足が持ち上がらないから、手で持ち上げてたりして笑
通行人にどんどん追い抜かれ、そこで私は「なんて運動不足、体力不足なんだろう・・・」って反省していた。

疲れて起きて、のろのろと洗いものを洗濯機につっこんでいる途中、夢占いをしてみようと思い立ち、洗濯機の蓋も閉めずに(洋服やタオルもだらんとカゴから繋がったまま!)、急いでチェックした。
もちろん、良い結果を期待していたのではなくて、自分が何に疲れているか、どんな問題を抱えているかわかるかもって思ったから。

昨日の夜、友達から電話がかかってきた。
彼女が電話をしてくるのはとても珍しい。というか、最近めったに電話ってしないよね、みんな。
それが「とても文字にできない」とLINEをよこしてきたあとに、電話をかけてきた。
内容は、共通の友達にのっぴきならない事件というか事態が起きていて、それがちょっと手に負えないということだった。
共通の友達はいつからか、精神のバランスも崩しているようだった。
それは、なるべくしてなったというふうにも思えたし、でも防ごうと思えば防げたのに!とも思えた。悔しい気持ち。

私たちくらいの年齢の女性は、たぶん今いちばんきついのかもしれないね、と話した。
「だってさ、50代は楽しいよー、ってみーんないうもんね!」って。
今ちょうど、いろんなことがふっきれない時期、それはステイタスにかかわらず、もやもやのうざったさは同じなんだろうなあ。

ちなみに、私は子供がいないけど、今ここで書いているのはそういう意味のことではなくて、もっと全体のこと。
結婚、出産、仕事、家族、身体、心、ぜんぶ。
いろんな後悔、反省、希望、夢。
ベストを求めながら、でも思ったようにいかないことが続くと、なにもかもが嫌になる。
諦めるか、進むか、ぜんぶその間にいるような気持ちになる。

だけど、今しかない、いつだって、いくつだって、今しかないのであって。
後悔してることがたくさんあるからこそ、次こそはと、頑張る道を選ぼうとして、私たちはもがいてるのだと思う。
もちろん、日常には、なにもかもが素晴らしい!後悔なんてひとつもない!とうっかり思ってしまうようなまぶしい瞬間だって訪れる。
だから溺れずに泳いでいる。(私なんてはたから見たらすっかり溺れてるようでも笑)

電話で、「(精神バランスを崩して病むか病まないか)そこに関しては、つねに私も背中合わせって思ってる」というと、「まじで!絶対あずさちゃんはならないタイプ!笑」って言われたけども、まあ私もそれはね、思うんだよ、ならないタイプだろうなっていうのは笑、でもこういうのって確率の問題でもないような気がするんだよね。
なる人はなるし、ならない人はならないって思えないっていうか。
どんなにならなさそうな人でも、なるときはなるんじゃないかって。

私たちの共通の友達は、今思えば、なりそうな要素はかなりあったけど、その要素を無意識に網からこぼせるタイプというか、内側に溜めないようにして、いわゆる天然キャラとして生きるタイプかなと勝手に思ってた。
でもそうではなかった。
どの時点からそうだったのかはわからないけど、出口がなくなっていたのかもしれない。

ストレスためるのよくないね、ほんと今まで通りちょいちょい会って飲もうね!いろいろしゃべって発散しようね!!ってことで電話を切った。
でもストレスなんて溜めてるってわかってたらやりようはいくらでもある。
ストレスが溜まってるって自覚がないから困ったことになるのだよ。

そんなわけで、私は夢占いをしたのだった。
(ふう、ひといき。)


バスの夢に関する基本的なこと

・周囲との協調
・社会の常識やルール
・直近の未来

その中で

「バスを乗り間違える夢」をまとめると・・

・本当にやりたいことを決めかねている状態。

・周囲からの反対、またはあなた自身が気持ちの整理をできていない。

・もしくは、まだあなたには自分の人生を自分で決める覚悟が備わっていない。

・あなたが周囲の意見に流されてしまっている。


「バス停をバスが通過する夢」も

・あなたの自己主張が足りていないという暗示です。

・あなたにはできることなら、集団の中で目立たず過ごしたいという思いがあるのかも。

・ただし、そういった態度を取り続けることはいずれあなたに不利益を生む可能性が。

・そのため深層心理が「もっと自分を出していきなさい」とあなたに警告を発している夢と言えます。


「足が進まない夢」

・気持ちの焦りや動揺を暗示しています。

・必要以上に先を急いだり、悪い結果を恐れて心が落ち着かないのかも。

・足が重くて速く歩けない夢は、心身の不調や運気低迷のサイン。

・仕事や勉強もはかどらなかったり、体調も優れない、という状態。

・まずは、エネルギーを回復することが先決です。しっかりと休みをとって、心身のリフレッシュを図りましょう。

・重くて動かない足を無理やり動かす夢なら、まさに会社の奴隷となっている状態です。

・自分のためではなく、会社の利益のために働かされ、それが正しいことだと洗脳されています。

しかし頑張っている割には経済的に貧困しており、見合う給料をもらっていない。

↑こ、これは!!!!!!
あたりすぎててこわい!
・・・え?暗示ではないよねこれは?みたいな。
むしろものすごく普通の(ばっちり自覚をしている)内容だったわ笑
心理がまるで深層にかくれてない。表層でつねに私に訴えている!

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by azdrum | 2017-09-29 15:22 | 暮らし | Trackback | Comments(0)

もうこんな時間

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ときめきとやる気が欲しい。
この重い身体(比喩じゃない)をなんとかしたい。したいんです。
なんかいいことないかなー。
と、41歳が言いますよ。

今、とりかかっている仕事がまたしても終わらない。
1時間あれば終わるはずなのにおかしいなあ。
なので、ついにヘッドフォンを取り出した。
これを出すときは、本当にやばいとき。
べつに誰もいないし、ヘッドフォンいらないんだよ。
いらないんだけども、これをかけてやると、なんか集中力が高まる。気がする。
じゃあいつもこれ使えよって話なんだけど、なんかこう、そこまでもいかないっていうか、集中しなければ!とかもあんまり思わないっていう・・。
でも、今は使う気になった。
片付ける!
とかいって、ブログ書いちゃうみたいな・・・。

撮影で使ったバタークリームのカップケーキをもういっこ食べようかどうしようか(すでにいっこは食べた)。
かわいいお花に絞ってあるバタークリームのカップケーキ。
ピンクや黄色の花びらで、すんごいガーリーなやつ。
撮影(自宅にて)が終わったとき、ちょうど夫がおやつを探していたので「これもう食べていいよ」と言ったら、「え?なにこのいかついケーキ!」と目を丸くしていた。
今こういうの流行ってるんだよーって言ったけど、恐る恐る食べていておかしかった。
そうかー男性にはこれがいかつく見えるんだ。

先週は、高校生とのミーティングがあって、いままさに17歳!という女の子の話が、新鮮とかかわいいとかそんなんでは追いつかないような、もう貧乏ゆすりでちゃうくらいなんかソワソワしたもので(いい意味で)、41歳の私の常識なんて本当にくだらねえなあと思った。
私の常識というか、みんなの常識というか、そもそも常識なんてあってないようなもので(でもやっぱりあるんだけど)、経験だとか肩書きだとかは後ろの方にそっと控えているくらいがいいんだなって思った。

いかついケーキも、クレープとお餅(女子高生談)も、私の目には映らなかった。
でも誰かの目には映った。
それがすごく大事なんだなと思った。
この「そうきたか」の瞬間の、感動みたいな、傷ついたみたいな、嬉しいみたいな、そういう衝撃を覚えておこうと思う。

春だね。
もし私が27歳ぐらいだったら、恋したいと思う。


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by azdrum | 2017-04-05 20:03 | 暮らし | Trackback | Comments(0)

ぺったんこのメロンパン

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昨日は夫が早朝から出張に出かけた。
朝4時半に家を出て駅まで送ってから、もう一度ベッドに入って、お昼頃まで寝てちょっと仕事をして、夕方に出かけて、また戻って夜中までダラダラとネットしたり仕事したりで、お酒を飲んだら具合が悪くなり、ふらふらしつつお風呂から出て、朝方眠った。
今日は、午後から別のバイト(単純作業で本当に気が楽!)をして、マクドナルドに寄って家に帰り、まただらだらとネットと仕事をして、日が変わってから夫を駅まで迎えに行った。
なんかずーっと時間が繋がっていて、いつからいつまでが昨日なのか、今日なのか(そして書いている今ももう日付が変わっているし)わからない。
寝て起きたからといって、それが翌日というわけでもないのだ。

夫がいない間、ずっと気持ちが塞いでいた。
帰ってきた夫を見たら「うわ〜」ってほど、ダウンしていた。久々にみるこの感じ。でも必ずやってくる波というか。
いろいろあるんだなあ。
私は、夫の良いところも悪いところもそこそこは知っているから、なんとなく原因にも思い当たる。
だからすごく私も心が傷むし、悲しい。
昼間のLINEでよっぽどお説教っぽいことを言おうかと思ったけど、やめておいてよかった。

なにができるんだろうって考えた。
なにも思いつかなかった。
というか、思いつくことは、夫にああしろこうしろということだけで、そんなのはもしかしたら私の気が収まるかもってだけであって(おさまらない可能性の方が高いが)、夫が元気になるとか、それで夫の考えが変わるとかではないのだから、なにも言うべきではないだろうなと思った。

私はせっかちだから、今までだったら口にしてたかもしれない。
でも、自分もすごく塞いでいて、しかも私が塞いでいるのは私のせいで、やりたいこと、やるべきこと、やらざるをえないこと・・、そのどれも1割ぐらいしかできていないっていう焦りと、不安のせい。
そんな私が、他人のやることに口出すなんて千年早い。
引越しの片付けも、まだ全部終わってない。
夫の心配よりも、自分の問題をクリアにしないと、先に進めない気がした。
なんというか、自分の不安を、他人の心配にのっけようとしてた、みたいな。
ふたりぶんの不安を背負って勝手につぶれないようにしよう、自分は変わらないでいようと思った。

それでも、大切な人が傷ついている姿をみるのは、とてもつらい。
それが本人のせいならばなおさら。(もちろんそれ以外の問題もそこにあるのだけど)

夫がベッドに入る前に、パソコンに向かう私に「よかったら食べて」といって、ぺったんこに潰れたメロンパンを差し出してきた。
必ず買ってきてくれる赤福はなかった。
かわりにメロンパン。
おかしくて、ちょっとだけかなしかった。

今日はこんな日でも、明日はわからない。
明後日のことはもっとわからない。
どうか早く楽になれますように(夫も私も)と祈るように、いつも通りにして、おやすみなさいを言った。

ま、こんな日もあるよね。
だれだって、こういう人生の薄暗くて寒い時期ってあるよね。
そういうとき、みんなどうやってやり過ごしてるのかな〜。
パーっといくのかな。
それともじっと耐えるのかなー。

とにかく、やることやろう。
宿題今日はあとみっつ、終わらせてから寝よう笑
あー、早く楽しい時間を過ごしたい!!
がんばろう!

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by azdrum | 2017-01-27 02:04 | 暮らし | Trackback | Comments(0)

一時停止的な。

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かかわっていた大きなパーティーが当日を迎え、手伝いをした。
これで、今年はもう大勢の人前に出ることはほぼなくなった。

いくのやだなー、着る服ないし、脚の手入れができてないから素足になれないし、こんなやぼったいまま出かけたくないなー。
そう思ってでかけたら、やっぱりみなさん美しくドレスアップされていて、ピカピカしていた。
しくじったー、ちゃんと準備しとくんだったー。
主催者であるささやき女将(前出)に、めいっぱいおめかししていらしてね、と念を押されていたのに・・・。
ちなみにささやき女将もきちんと髪を染めていた。(私も白髪だけはなんとか染めに行った)

せっかく出会いたかった人にも出会えたが、そういうときの振る舞い方もよくわからない私は本当に間抜けだと思う。
それは私がパーティーなのにコットンのタイツをはいていて、スカートの丈にあっていないニットを着ていたせいもある。
美しい人を前にして、本気で気後れ。
こういうときに、ふつうは名刺交換とかどんどんするんだよね?
そんなんふつうにできるぐらいなら、私なんかこんな仕事(ひきこもってやる仕事)してないと思うんだよね。

私は自分の常識というか、自分が属している世界の常識というものに案外縛られてるんだなと思う。思った。
自分が選んできたことだし、ちゃんと考えて、その世界を愛しているつもりだったけど、きがつくと、ただの思い込みや依存に変わっている場合もある。
もっと節操なく、自由にやったっていいはずだ。
やりたいことがわからない、何ができるかわからないときに何をするかというのは、あまり重要ではないのかも。

たとえば夫は「とにかく同じテーブルにつけ」とよく言う。
なにができるかどうかじゃない、肝心なのはそこにいるかいないかだって。
ものごとが動き出したときには、すでに結果は出ている。
だから動き出す前に、そこにいないとだめなんだ。
ほんとうに大事な情報は、そこでしか手に入らない。
あとから得られる情報に、もう肝心な部分はなにも含まれていない。

私もそれは本当に実感している。
というかそれが当たり前なんだね。
なんどもいうが、私はほんとうにひきこもっているので、どのテーブルにもつけないというか、むしろ極力つかないですむようにやっている。
でも私がそうしてでも仕事ができるのは、だれかがどこかでテーブルについてありついたご馳走をおすそ分けしてくれているおかげだ。
こうして誰かのおこぼれをもらって生きるというのも、べつに悪くないし、私みたいなタイプはそういうほうがあってるとも思うし、それはそれでいい。

ただ、おこぼれをもらう側は、好き嫌いをいってはいけなくなる。
もらえるものはなんでもありがたがらなければならなくなる。
なかなかこれも体力のいることだよなあとも思う。
あと、その人以上にはぜったいにお金は稼げないよね笑
もし、嫌な仕事はしたくないと思うなら、そしてお金も欲しいと思ったら、みずからテーブルにつくほかない。

そんなの本当に好きなことがないと絶対できない。
昨日出会った素敵な人(まっかな口紅が、白い肌によくあっていて素敵だった)が手がけている仕事は、今私が仕事で「私はきっとこれをすべきなんだろうな」と思うようなことばかりだった。
私があれをできたら、ここ(会社)にとってすごくいいんだろうな。そう思った。
でも、私はそれをしなきゃいけない、とは思うけど「すごくやりたい」とは思えない。
そこが違うんだ!と思った。
彼女が、心からやりたいと思っているからこそ、はたらからみれば大変なこともこなせるし、たくさんの人や知恵、そして必要なお金も集まってくる。
私が彼女がしているようなことをやろうとしても、やはりそれはぜんぜん違ったものになるだろう。
むしろ、ほんとうに「すべき」ことは、そういうことなのだ。

来年しようと思っていたことを、いまいちどよく考え直す。
このまま修行と思ってやってみるか(そういうのも今の自分にはすごく大切と思う)、自分の好きなことをちゃんと見極めるか。
まずは身の程を知るところからだ。

朝から夫をつかまえて、もうれつに話をして、きのうからモヤモヤしていた頭を整理した。
ちょっとすっきり。
社会性のない私に根気強くいろんなヒントをくれる。
まるで学校のようだ。

写真は、kibiyaベーカリーのレシピでつくったクッキー。
(アーモンドでなく、くるみをつかったが)
ザクザクしていておいしいが、見た目の素朴さとはうらはらにバターたっぷり!
もっと全粒粉がおおくてもいい。

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by azdrum | 2016-12-19 11:59 | 暮らし | Trackback | Comments(0)

いい薬


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明日の朝までに出さないといけない宿題に、まだ手もつけてない。
ずーっと考えているけど、うまく一歩目の足が出ない。
出しちゃえばすぐなんだろうけど。
面積にして、どら焼き程度。

これを埋めるだけ。
やる気になったら2時間でできるもん。
そう思って、毎日めちゃんこ寝ている。
しかもさっきも、宿題やるのがいやすぎて寝てしまった。

胃が痛くなって、太田胃散を飲むためにお湯をいれた。
太田胃散、母も愛用。
以前、母が入院するときにも病院にもちこんでおり、朝、看護師さん方の申し送りで「〇〇さん、太田胃散あります」と言われていた。
ドラッグストアにいくと類似品というか同じ効能の薬がとなりにあって、太田胃散と中身は同じでこの価格!的なポップがついているので、毎回しばし悩むが、やはり太田胃散を買ってしまう。
というか、太田胃散太田胃散、何回書くんだっていうね。

現実逃避から、パンとかお菓子とかをつづけざまに作っている。
夕飯とかお弁当づくりとはまるでテンションが違い、もう脳の使っている場所からして変わっていると思う。
写経してるのと同じ行動なきがする。写経したことないけど。
もっと作りたいけど、食べるのは自分か夫なので「・・・。」ってなる。
てんてんてん。
昨日はチーズケーキ。
まずくなりようがないのが、チーズケーキのいいところ。

あれ、お湯が冷めてしまったよ。

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by azdrum | 2016-12-11 23:03 | 暮らし | Trackback | Comments(2)

頭が真っ白になったと

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最近、ちょっとずつ生活を整えられるようになってきた。
うれしいーっ。
片付けついでに、クローゼットの中からクリスマス・ツリーもやっと出したし、きのうはなんと、クッキーもパンも焼いた。
こういういちにちを過ごすと、しみじみ、自分は本当に家が好きなんだなあと実感する。
(けっして家事が好きなわけではない)
積極的ひっきーなんです。

もう11月も終わりかけでおそろしい。
今年というものがあと3ヶ月ぐらい必要だよ。
思ったよりもっともっと自分のスピードが遅い。

先日、ある会の会員になってほしいとたのまれた。
よくある異業種交流みたいな会。
いうまでもなく私はそんなのに興味ない。
しかし私は仕事をもらっている立場のため、歯切れ悪く「いくら個人会員の枠があるとはいえ、私なんか仕事をしていると言えるほどの立場でもないので・・」とかわしていた。
担当者がちょっと向こうの人と話をしている瞬間に、となりにいた知り合い(こんかいこの仕事を私に紹介してくれた人)が、小声で「入りなさい。入っときなさい。」と恐ろしい声色でささやいた。
「入ります。入会します。って(言いなさい)。」と。
それも目を伏せたまま、いちども私の方を見ずに。

船場吉兆のささやき女将がとなりでしゃべってるって感じで、すげーなーと思った。
こうやって取り込まれていくのかなと、ぞっとした。
なぜなら、わたしはとなりのそのささやき女将(仮)とはすでにしがらみの関係にあるからだ。
家族の仕事が複雑に関係していて、私が勝手に強く出られないから、いろいろなことを断れないでいる。

そもそも、こんかいの仕事を紹介してくれたのだって、私がささやき女将の個人的な依頼を何度か無償で引き受けたからであって、その代わりに、彼女が所属する会から仕事を取ってきて回してくれたのだ。
だから、むしろそこでプラマイゼロとなる(まあ彼女のお金は一度も動いていないわけだけど)はずなのに、しがらみから抜け出せない気弱な私は、そこでも「あ、はい」と言ってしまう・・・。
頭が真っ白になって、まさに。
この不平等条約を解消しないとどうなっていくのだろう。

毎日の変化が不規則すぎてつかれるけどおかしい。笑いがでる。
なんか自分のことでないみたいというか(実際に他人のことも含んでいる)、いろいろなことがちょっとずつあつまって、ひとつの流れができ、それに押されかけている。
とどまろうとしているのか、流されようとしているのかわからない。
ほんとうによくわからない。
でも、わずかにその水圧が心地いい。



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by azdrum | 2016-11-24 10:55 | 暮らし | Trackback | Comments(2)

月のかたちが好みだった夜

こんな時間に外に出てビールを買いに行った。
外は風が吹いていて、川沿いを歩くと半袖では寒かった。
でも、各地の様子を見ると、みんな長袖着てたり上着を着込んだりしているので、高知はやっぱり暑いんだなきっと。
すれ違う人もみんな薄着だ。

前に住んでいたところは周りは田んぼが多くて、夜歩いてる人なんて全然いなかったのだけど、ここはかなり賑やかな場所で酔っ払いのおしゃべりとか、タクシーのドアが閉まる音や、どこかのカラオケの歌声も聞こえる。
そういうのが、東京に住んでた頃の空気に似てるせいか、イヤホンから流れてきた音楽が切なめで、ホテルやビルの上の部屋の明かりや、向こうの大通りの車のランプの流れに、20代の頃を思い出して、いきなり寂しくなってきてしまった。

もう戻れないんだなあとしみじみ思う。
なんかちょっと前までは、まだ大丈夫って思ってたようなことが、はっきりダメな部類に移行したことを知ったりして(今日のお昼だった)、ドキドキした。
まだ大丈夫って思ってたことに、むしろ軽くひいたっていうか。
無自覚にも、引きずってることってあるものなんだなあって。

けど、寂しかったり、切なかったりするときのほうが、なんか頑張れるのってなんでだろうね!
ちょっといい気持ちなんだよね、なぜか。
それでも前に進まなければ、とか厚かましく思うからかなあ。





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by azdrum | 2016-10-09 22:57 | 暮らし | Trackback | Comments(2)


暮らし、ひとびと、食べ物、映画、この優先順位で日々を送り、その日記を書く。カテゴリは増やしません!太鼓の音には耳をすませ!                                 


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