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読みかけの本をいったん本棚に戻すと少し気分が落ち着いた。
トマトを買いに行く時も、マクドナルドでコーヒーをお替わりする時も、パスタをゆでる間も側においているのに全然物語が頭に入ってこなかった。もちろんベッドの中にも持ち込んだが、いつのまにか数独をしていたという・・・。 壮大すぎる物語は以前はなんの苦にもならなかったのに、今は少し理解できないところに突き当たっただけで途端に文字の羅列が意味をなさなくなってしまう。困ったもんだ。 ひとまずほこりをかぶっている額からいくつか中身を取り出して、なにか部屋の空気が新鮮になるようなものに入れ替えよう。 そして、アイロンをかけまくって、旅行の計画をしよう。 さて、そうこうしている間に春ももう終わりにさしかかっているのですね。 年が明けてからずーっと続いているそわそわ感の正体がわからない。床の掃除も念入りにしているのに。 春なんてさっさと終わっちまえばいいと思っています。はやく梅雨が来て、夏が来たらいい。 そして、そのつぎは秋がくる。 そのころ、わたしは何をしているんだろうか。 データのバックアップにおそろしく時間がかかる。68Gのフォルダを移すのに、約7日間だって。 秋が来ちゃうよね。 ![]() さて、宿題もいよいよ佳境に・・ってまだやっとったんかいっていう。 というか、今日が一番やった。もう後がないから。 毎日、今日寝ないでやったら終わるから平気、と思ってるのに、速攻眠くなって、いいや明日早起きすればなんて、そんで朝なんかもう寝れて寝れて・・しょうがないねまったく。いいかげん成長がないわ。 お腹がすいたけどこんな時間に何かつくるのも面倒くさいし、いろいろ考えて、食べなきゃいいのに、 チーズトーストなら簡単だから、ビールを出して、パンを切って、チーズをのせて焼きました。 ハムとか野菜とかなんにものってないけど、黒こしょうとナツメッグは欠かせない。 たとえば、こんな夜中にお腹がすいて、きっと食べないで我慢する人はたくさんいると思う。 そして、チーズトーストを作らない人も多いだろうね。ハイカロリーも度が過ぎる。 わたしは、深夜にチーズトーストを作るのは全然面倒じゃないのに、宿題を何ヶ月もほったらかしにするほど腰が重い。ううん、何年も手を付けていない宿題もある。 まあ、未提出の宿題なんていったら30年分くらい溜まってるしって話なんだけど。 小中高と未だに出してない宿題いっぱいあるからね。(むしろちゃんと出した方が少ない! あまりに宿題が手につかなさ過ぎて「やる気が出る方法」ってフレーズを、このブラウザの右肩のGoogleの小窓に打って検索してみたところ(既に問題意識に欠けている)、やるぞーって口に出す、エイエイオーみたいに実際に拳をつくって腕を上げて言うといいらしいということが書いてあった。 なんか脳の働きに関係することなんだろうね。 実際、やってみたけど、どうなんだろう。 ああ、徹夜がなんでもなかった頃に戻りたい。寝なくても全然平気だったのはつい最近のことみたいなのに。 ![]() ハーゲンダッツの「バニラダブルチョコレート」。 チョコレート命のわたしは、これのふたを取ったときちょっとだけがっかりした。 ダブルチョコレートつったらさあ!全部が、全部がチョコレートだと思うじゃん! バニラの字とか、もう見てるようでまるっきり見えてないからね。こうなったらね。 バニラベースなんだもんなあー。(西田敏行) 美味しかったからいいんだけど。 ケーブルテレビがハイビジョンになったらしく、電話でプランの切り替えを依頼したら「プランの移行に伴って、見られなくなるチャンネルがいくつかありますがご確認はお済みですか?」と聞かれた。 うんうん、悩んだけど、よーく考えて、こちとら電話は承知の上よ。だから大丈夫。 それなのに、電話の相手が「カートゥーンネットワークが見られなくなりますけどよろしいですか?」って聞いてくるんだよ。 見られなくなるのは、それだけじゃないのに、なぜそれだけを聞くんだよ! いいです、大丈夫です、って言ってるのに「では、カートゥーンネットワークが映らないことはご了承済みということでよろしいですね?」って。 それそこまで聞くとこじゃないでしょ! そしてさらに、「一度ハイビジョンの回線にしてしまいますと、もう二度とカートゥーンネットワークが映りませんけど、大丈夫ですか?」て、なんでそんなに最後の最後まで念押してくるのー! だからいいって言ってんじゃん!どんだけカートゥーンネットワークもったいぶるんだよ。 そんなに聞かれたら・・・・。惜しくなっちゃうからやめて! 悩んでたんだって。結構見てたんだって。知ってた?みたいな。 あー!宿題済んでないけど模様替したい、今すぐしたい。 ![]() 食べたかったクッキーをついに手にしました! ローザー洋菓子店のクッキーは、クッキーというかむしろ入れ物のほうが欲しくて欲しくて(焼菓子入れとしてという不純な動機)、東京に行ったときには買って帰ろうと思いながらなんとなく面倒でチャンスを逃してきたけど、もう待てない!と、夫の出張のついでにお願いすることにした。 ローザーの地図をググっていたら、その近くに山本道子の店、というのを見つけた。 なんとこのお店は、村上開新堂の姉妹店というか、同じ敷地内にある、セカンドライン的なポジションのお店なんだって!そうなんだ!知らなかった! 山本道子さんは村上開新堂の第五代当主なんだそうです。女主人なんてかっこいい。村上じゃないんだ山本なんだ・・って思ったよ。 村上開新堂は絶対に無理だけど(一見さんお断りで、紹介がなければお菓子も買えない)、山本道子の店(呼び捨てにしているみたいで気が引ける)なら買える! 人気のマーブルクッキーは、缶が村上開新堂と同じピンクでシンプル。 村上開新堂、いつか行ってみたいなー。誰か紹介者を探さねば! 今見たら、ランチだけは紹介不要らしい(だったらお菓子ぐらいいいじゃねーかと思うんだけど・・)。ランチ行きたい! ローザーのクッキーは、包装もクラシック!丁寧に紐がけしてあって、きりっとした結び方に江戸を感じる。 包装にはテープやシールがひとつも使われておらず(こういう包装をほどくときは、背筋が伸びるよね)、紐をほどくと、そのままセロファンと包装紙がふわっと外れる。 そしてその素敵すぎる缶が現れ、ふたを取ったとたんバターの香りがジャーン(Macの立ち上げの音)と弾けた。 食べてみると・・・・ふ、ふつうー!!美味しいけど、う、うまいいいいいい!ってほどじゃない。 クッキーにしては結構いいお値段なんだけど。 でも、ちゃんとしてる感はあった。丁寧っていうよりも、ちゃんと、って感じ。 難しいことはしてなくて、新しさも、特別さも何も狙っていなくて、ただずっと同じものを店の味として作り続けている感じ。 形も不揃いで、紙の仕切りに仲良く収まっている姿がなんともいえず懐かしい。 ま、だから昔ながらの洋菓子店だよね。わたしは好きです。 このパッケージのせいで、ちょっとブランド感をわたしたち世間が勝手に高めているだけで、作っている側はなんら昔とモチベーションが変わらないんだろうな。 ちなみに、わたしが買ったのは 思ったよりも大きくて、後々、これに焼き菓子を入れるとなると結構大変。 一番小さい でもこの缶は、傷がついたり、そこが錆びたりしても、我が家のお菓子入れとして何十年も使いたい。 ※たぶん、値段が変わっていて、今は一番小さい缶が3000円なんだって。 山本道子の店ではマーブルクッキーの他に焼き菓子もいくつか頼んで買ってきてもらった。 なかでもチーズサブレとガレットを食べるのがとっても楽しみ。 チーズサブレは宿題が終わったら(まだやってんの)ご褒美にワインとともに食べるつもり。頑張ろう。 ![]() 話は変わって、昨日iTunesからくるりの曲が流れてきて、この曲はiPodでもなんでも、始まったら速攻スキップしちゃう曲で、なんでかっていうと、歌い方がすごいぶりっ子っぽくて好きじゃないから。 くるり岸田の歌い方、なんか最近どうもひっかかる。ていうか、ぶりっ子なときが。 たとえば、甲本ヒロトとかyo-kingとか奥田民生とか永積タカシも、ちょっとぶりっ子って思っちゃうときがあって、たまに声が苦手。 まあそれで、昨日はそのくるりの曲をスキップして、あとからタイトルをみたら全然見覚えなくて、こんな曲あったっけ?って思ったら、なんと「team rock」に入ってる曲だった! 全然最近じゃないし、なんだったら、まだ頻繁に聴いてた頃のアルバムじゃんか・・・記憶にない。 「ばらの花」とか懐かしいなあ、ちょうど、息がまだまだ白くて、寒いけど、でもちょっとだけ春って感じの季節に、よくバイト帰り真夜中に歩きながら聴いてたなーって、発売日見たら、2001年の2月21日。 11年前の今日だねー!だけど、もう20年ぐらい経った気分・・。よかった、まだ11年で。あってる?この計算。 「ばらの花」の、ジンジャーエール買って飲んだこんな味だったっけな、という部分。 「エールってとこの歌い方が、岸田きもい!むかつくんだよね」って言ってたN子のことを、これ聴くたびに思い出す。 当時、そうかなあ、って思ってたけど、今ならわかる。たしかに。でもこの曲好きだけど。 ![]() わたしはお金を遣うのが実に好きだと思う。ものを買うとスッキリする。 だけども、高価なものを買ってお金の残りを考えるのも頭が痛いし、たくさん買い込んで収拾がつかなくなるのも困る。 それこそまたストレスが増えるというもの。 だから、出来るだけこまめにお店を回って必要なものを買うのが本当に気持ちがよい。 今日は、無印良品、花屋、薬局、日曜市、雑貨屋、スーパーマーケット、酒屋(ここはペリエの大瓶が189円なので、絶対ここでしか買わない。安くない?)をまわった。 中でも日曜市は、何度も何度もお金を遣うので最高に素敵な気分になる。 スーパーマーケットだと、お会計が一度きりだからね。 でも日曜市だと80円、100円、150円、、、そんな繰り返しで、今日はいちごやセリやふきのとう、その他いろんなものを買って、それでも全部で1400円ぐらいだから、ほらやっぱり最高でしょ。 (でもほうれん草はあとからスーパーで見た方が立派で安かった!) お店の前で、お客さんがいろいろ教えてくれたり、お店のおばちゃんと話したり、実はそれほど得意ではないのだけど、こうして食べ物を顔を見て買うことができるのはありがたいなって思う。 あと今日は、玄関におく椅子を買った! ショッピングモールで民芸品販売の特設をしていたので、のぞいてみたらお手頃価格の椅子を発見した。 うちは、猫の額ほどの広さに加えて、あがりかまちがないフラットな玄関なので、ややこしい靴の脱ぎ履きや、宅急便の荷物を受け取るときに一苦労していたんだよね。 ベンチもあったけど、背もたれの形にひかれて小さなチェアにした。 ずっと探していたから出会えて本当に良かったー! 家の方まで戻る途中で、「TABLE GALLERY」に寄って、前から買おうか悩んでいたお皿をひとつ買った。 贅沢かなーと思って我慢してたんだけど、友達に「そのぐらい買えば?」と言われたので、勇気を出した。ひとつだけだけど・・。ふたつ欲しくなるかな? ここでは今日、由比ガ浜の「NAVY-YARD」というショップが企画展&カフェをしていた。 なんでもリネンのシャツの受注会だそうだ。 これはちょっとわたしにはまだ早い(年齢的に・・)かなー、それに、わたしはファッションは全くナチュラル派(天然生活的なやつ)じゃないしさーって感じで、シャツには全く食指が動かず。 でも、こないださっちゃんにもらったコットンの靴下が見た目に反してものすごくあったかくて大活躍なので、家用のコットンの靴下(NAVY-YARDさんの)を買った。 そのうえ、ふだん、このギャラリーはカフェスペースはないので、せっかくだから外を眺めながらコーヒーも飲んだ。 川沿いの素敵なところです。こんなお家に住みたい・・・。 大きな背の高い火鉢があって、火鉢がものすごい欲しくなったよー。 もうひとつ長火鉢もあって、そこにヨーガンレールの鉄瓶がかけられていたんだけど、素敵だなーと思ってその値札を見たら、55000円ぐらいだったので驚愕。 お皿は、長峰菜穂子さんという作家さんのものだそうで、前に来たときはまだ他にも種類があったと思ったけど、だいぶん少なくなっていた。 わたしは、オーバル型のお皿に目がないんだなーとつくづく思うわ。 いつか大きなサイズのものも欲しいな。 お店のマダムが、お皿に載せたら良いものをいろいろ教えてくださった。 何度かこのお店で買い物をしたことがあるけれど、正直、あんまりいい印象がなくて、なぜならいつも他のお得意さんらしきお客様と熱心に話していて、買うものが決まっているのにずーっと待たされたり、いらっしゃいませとかありがとうございましたがなかったり、接客にムラがあるのが気になっていた。 でも、実際、自分がいろいろ良くしていただく側(いやそれほどでもないか、普通にか)になったら、やっぱり嬉しかったよね・・って単純!!(ホストクラブにはまるタイプがまさにこうなんだってさ。) コーヒーを運んできてくれたときのマダムの笑顔がまぶしすぎて、わたしはすっかりファンになりました。 最近、高知で買い物をしていてよくあるのが、わたしが品定めで迷っているときにお店の人が「わたしだったらこっち」って言うこと。 なんか、こう書くと余計なお世話って感じなんだけど、わたしはすごいそれが好きだ。 高知のひとは基本的に商売っけがないので、買って行かなくてもいいんだよ、っていうような前提がまずあって、その上で一緒に悩んでくれる。 今日も、椅子を買うとき、日曜市で市場かごを買うか悩んだとき、それぞれお店の人が上記のせりふを言った。 お皿を買うときに至っては、並んで見ていたお客さんに言われた!「こっちもいいよね、でもこの色もいいよね、何にでも合うもんねー。でもわたしだったら・・」って。 ああ、なんかこのノリ、好きだー、って思った瞬間。
インターネットって、なーんて便利で、なーんて残酷なんだろう!
知りたくないことまで知っちゃうよね。 でも、本当に知りたくなければ見ないですむ話。 結局、自分が見たかったものしか見ていない。 一方で、本当に知りたいことを手に入れるには、すごく時間がかかるし、またなにも手に入らないことも多い。 わたしの目の前には、2ヶ月くらい前からやらなければいけないものが広がっているのに、毎日、シャープペンシルで少しだけ文字を書いたら、あとはどうしてもそれを見られない。 他に気になることがたくさんあるからだ。 なんだか家中のものが気になって、こんまりさんの「人生がときめく片付けの魔法」を買った。 最初のところだけ読んでみたけど、やっぱりわたしはものが捨てられる性分だと思う。 ときめかないものは、容赦なく捨ててきた。それなのにものがたくさんあるのはどうしたものか。 無性に片付けがしたくなるときというのは、心理的に片付けたい「別の何か」があるときで、ほかに向き合わなければならないもののために心がざわついている状態、みたいなことが書いてあって、一気になっとくした。 この宿題をとにかく仕上げねば。 それなのに、インターネットで世界をのぞいてしまう、この野次馬的根性をなんとかたたき直したい。 宿題が終わったら、きっともっと家の中のときめかないものが増えている気がする。 そうしたら、たくさん捨てるぞー。 ![]() 平成23年11月、馬路村にて。 昨日、BS日テレの「森人MORIGIN」という番組を見た。 とても素晴らしい番組だった。 この番組のリンクにあるディレクターズ日記を読んで、この番組にさらに興味がわいた。 特集されていたのは、高知県の馬路村という小さな村。 馬路村は天然杉に恵まれ、古くは林業で栄えたが、杉の伐採の過熱と木材の値下がりにより林業が衰退、現在は柚子の特産品で有名だ。 テレビをつけると、森人(番組中で森を案内する)として出てきたのは、清岡さんだった。 というか、清岡さんから夫に電話があって、今テレビつけろ!と言われてつけた。 馬路からさらに30分車で北へ進むと魚梁瀬(やなせ)という地区があり、そこからまたさらに30分進んだ奥に「千本山」とよばれる天然杉の杉林がある。 そこを案内する清岡さんは、もちろん山歩きの格好をしているのだけど、山に対する畏怖というか、大きなものに飲み込まれる側のけじめみたいなオーラをばんばん出していて、山を歩く姿がものすごく真剣で、丁寧だった。なんとなく自然を見ながら歩いているという感じが全くない。 ちいさな自然のトリック(ほんとは全然ちいさくないんだけど)に足を止めては、なにか確認するような感じで、頷いたり、溜息を漏らしたり、感激していた。 動物や、植物など、いつもそこに暮らす生命にたいして、遠慮しながら森を歩く姿に、自然と生きることをこうしてわきまえているんだなあ、謙虚になるものなんだなあと思った。 「樹齢何百年という木を、かつての人は機械も使わずに切っていた。自然と格闘してきた先人たちがいる。わたしは村の案内人として、“ここに千年前から生きている木がありますよ”と言うだけではなくて、ここで生きる人の暮らしを伝えてこそ、この村の歴史を残すと言えると思う。 100年後の村・・・難しい問題がたくさんあると思う。でも、わたしよりあとの世代が、また住み続けているだろうから、その人たちのために、素晴らしい部分に、さらに磨きをかけた状態で渡していきたい。そして、ここを気に入って住んでくれる人がいればとても嬉しい。」 そういうようなことを清岡さんがおっしゃっていた。 胸にずしんときた。 わたしは、広島で生まれて、少し東京に住んで、今高知で暮らしているけれど、そのいずれの場所も、好きなところや自慢できるところはたくさんあっても、誇りを持って、次の世代のために残していこう、と思ったことは一度もない。 住んでいる場所のためになにかしようと思ったことがないのだ。 代々続く家や土地に暮らしたこともないので、そういった感情が持てないということもあるし、その土地がもたらす(一次産業)仕事に就いたこともないし、現代、人は自由に住む場所を選べるので、土地に対する感謝の気持ちははっきり言って薄かった。 でも、高知に来てから、というか、本当に最近になって、ようやく少しだけ考え方が変わったような気がする。 食べ物がおいしいなー!ってただ思っていると、不思議とそこから、強引に、土地の力をなめてはいけないという気持ちにさせられる。 太陽があって、山があって、海があって、そういう自然を守ろうというような平べったいことじゃなく、この風景の中に、日本人は二千年暮らし続けてきたわけで、人ひとりの人生なんて長くたって100年そこそこなのに、自分の場所が、なんて偉そうに言っちゃいけないよなって、自分の肌に浮き出してくるみたいに、生々しく思われるのだ。 みんなの場所だし、これからも誰かの場所であり続けるし、何かを生み出す土地、その力を今、借りているだけ。 自分が生きるために、食べるために、土地の力を借りているんだと思うと、この大地の恵みにはもちろん(なんたって、食べ物が育つんだよ!)、こうしてこの場所を残してくれた先人たちにも、感謝したくなる。 そして、これをだれがまた受け継いで行くんだ、って思ったら、やっぱりもう、わたしたちが考えないといけない世代になってるんだよね。 受け取ってばかりだった時代を過ぎたんだなーと思う。残すことを考える。 当然、いろんな場所でいろんなものが必要とされているので、それぞれが残すものは、別に自然や土地に限ったことではなく、自分が世話になったものを大事にしていくということ。 わたしは縁あって、今はこの高知に住むことになって、さらに食いしん坊だし、この土地の力にたくさん甘えたいと思う。 その恩を、自分なりにどうやって返して行こうかと考え始めたところです。 ところで、その清岡さんのこと。 清岡さんは、夫が生き方に迷ったときや、くじけそうになっているときに叱咤激励してくださった方だ。 「君にしかない道を行け」という清岡さんの言葉に、夫は(そしてそれを聞いたわたし自身も)いつも強く背中を押されてきた。 昨年、そのお礼もかねて、清岡さんのお家の柚子の収穫をお手伝いさせていただいた。 トップの写真は、その時の写真です。 お家の裏山(すごい急斜面!)が柚子畑になっていて、ずっと上がって行くと、こんなに素晴らしい景色が広がる。 昨日のテレビの中でも、清岡さんのお気に入りスポットとしてここからの風景が紹介されていたので、きっと本当に自慢の村の眺めなんだと思う。 柚子の収穫は本当に大変で・・・。 今年もお手伝いをしたいと思うけど、もっと大人数で行かせてもらわないといけないかなー。 ![]() 平野レミさんの「WADA CURRYを作ろう!」(ほぼ日のコーナーに飛びます)を参考に、カレーを作りました。 家で食べるカレーはやたら具沢山にしたい。 根菜やキノコ類、ある野菜を適当に全部入れる、みたいな。 タマネギ何個とか考えないし、セロリも人参もガンガンいれる。 あとにんにくよりも生姜多めが好きなので、最初にいためる量もこれは半端ない。 お肉は、冷凍庫に残っているを適当に使うので少なめなぶん(残ってないときは、入っていないことも)、欠かせないのが豆。昨日はレンズ豆。 あ、今回はレミさんに習おうと鶏もも肉を買ってきたよ。 夜つくるカレーはお酒のお供のひとつでもあるので、汁気のないものにしたいんだけど、市販のカレールーを使うとなんか訳の分からん油分がめちゃくちゃ出てきて分離して、その油分が焦げ付くの! それに、こんなにいろんな野菜が入って贅沢なだしがいっぱい出るのに、カレールーを使うと全部それに持ってかれるんだなーていうのがすごいもったいない気がして、最近は缶のカレー粉を自分で買ってきて作っている。 レミさんのレシピでは、ルーを作らない。 いやわたしもね、小麦粉と油にはなんとなく気が引けていたので、多少しゃばしゃばしてても、ルーを作らないでいっちゃったほうがいいやと、レミさん方式で、野菜を炒めたところにそのままスパイスを入れていためたよ。 全然問題ない。小麦粉なくても関係ない! ★ちなみにルーをつくるときは・・・ 鍋にオリーブオイルを熱して、小麦粉とブラウンシュガーを入れていためる。ここまではホワイトソースを作るときの要領よ。 ルーをつくるときに砂糖を入れるやり方は、「ル・ブルギニョン」の菊地シェフが雑誌でそうすすめていた。 ほどよく焦げたらカレー粉を入れてさらにいためると出来上がり。 ここでうまーく焦がしたら、カレーが上の写真みたいなのじゃなくて、もっと黒くて深い色になります。 でも本当に焦げると、焦げの味しかしないので要注意!(失敗経験あり) その前に、時間があったら、スパイスのみを乾煎りしたらさらに香りがいいかも。 チキンカレーってめったに作らない(煮込まれた鶏の皮が苦手で・・)けど、これ最高! レミさんが推す、クミンが素晴らしい。これは別に買い足して本当に良かった! たしかに香菜が欲しくなる味! でもスーパーになかったー。バジル(ドライの)にしてみたら、これだけでも違う。もちろんフレッシュのだったらもっと良かっただろう。 パセリもいいけど、ミントの葉とかのほうが合う感じだと思う。 その汁気のない具沢山カレー。プーリ(揚げたピタパンみたいな)、ナン、バゲットなどに乗っけることもあれば、蒸したジャガイモと一緒に食べたり、レタスに巻いて食べたり。 でも、カレーはやっぱりごはんと一緒が一番いいよね!むしろこれの為に、前夜があると言っても良い。 翌日は、煮詰まったカレーをのばして、ご飯にかけて食べます。そしておかわりします。絶対。 友達が、「最近食欲がすごい(旺盛)、やばい。」というので、わたしが「わかる、わたしもすごい。ケーキ4個いっきに食べたよ」って答えたら、「わかる、わかる、わたしなんかこないだカレーお代わりしたもん!」と。 はあー?!なにが??どこが??まっったく、わかってないよね? これじゃわたしが完全に恥ずかしい感じじゃんね!ケーキ4個とか告白してね。 カレーはさあ、ふつうお代わりするでしょうよ! ![]() 昨日の朝、くしゃみを数回続けてしたら、最後の1回のときに首でポキって音がして、そこからぎっくり腰ならぬ、ぎっくり首になりました。 1分も経たない間にどんどん首が動かなくなって、肩や背中まで痛みが広がった。 それでも雑事をしていたんだけど(カレーの材料も買いに行ったしね)、夕食の支度をしていたら、首が、というより、首を支える筋肉が痛くて痛くていよいよ顔をあげていられなくなって、椅子に座ったら立てなくなり、ご飯買ってきてもらうしかないと夫に電話したら、ピーピーって車をバックにしている音が聞こえて、今どこ?って聞いたら、家に着いたとこって言われたので、諦めて、座ったまま数独したよ(もう簡単過ぎてつまらん。難しいのしたい)。 水につけておいた煮干しをそのままみそ汁の具にした夫(まずかった)にチヤホヤされていい気分なので、しばらく仮病を使って痛いフリをしていたい・・・。 なにしろ、うちの夫は家の中では基本自分のことしかやらない人で、朝、稀にわたしのカップにもコーヒーを入れてくれたり、ヨーグルトをよそってくれたりということがあると、なんかもうそれだけで「え、なんで?うれしーーーー!」ってなるぐらい異常に沸点の低いチヤホヤ度。 ごはん作ってくれるなんてもー針が振り切れるレベルよ。 しかし、「あーちゃんも食べる?」・・って、食べるに決まっとるじゃろー! やっぱり自分のだけだったのかもなー。 いやー、こうやってキーボードをたたくのも、おばあさんみたいな姿でやってるからね。情けないねえ。 年末年始はなんとなく身体を動かすことが多かったけど、最近寒すぎて引きこもってるからなあ。 体重も全然減らないもん。首がなおったら、ちゃんと考えて運動不足を解消しないとね。 あんまり早く老人になっちゃうのもまずいから。 寝てる間、夫に借りた話題の本「イシューからはじめよ」(Amazonのリンクに飛びます)を読み始めたものの、最初からわからない言葉がいっぱい。 ライフハックだのバリューだの、ていうか知的生産ていうのがもうピンと来てないから。 でも、わかる言葉だけを選んでいたらいけないような気がして(自分の甘え癖のある性格的に)、ちょっとだけ頑張ってみようと思ってる。 これが二十歳ぐらいだったら、もっと抵抗なく読めるんだろうなあ。 脳のアンチエイジングも積極的にやらないといけない。 ![]() わたしはここに住んで、わりと年配の人ともお付き合いをしなくてはいけないことが多い。 それで結構「そんな言い方しなくても・・それに、今言う必要あったのかい?」って思うようなことがある。 地元で育った人は、はっきりものを言われることに慣れていたり、それが美点だと思っていたりすることも多いかもしれないけど、わたしは苦手だなあ。 決して怒っているわけじゃない、って言うけどさ、聞き流せないですよ・・・。 なんだったら、よく知らない人に「あんた」って言われるのもちょっと嫌だもんね。 慣れていくのかなあ。自分は、言われるのに慣れたとしても、それが当たり前って思わないようにしよう。 さっき、自宅にかかってきた電話がそんなんで、まだ動揺してるーー。 いやいや、すみません。愚痴!読んでくれてありがとう。 この間までほぼ日でやっていた、平野レミさんのWADA CURRY、大好き過ぎて、暇さえあれば繰り返し見ちゃう。 平野レミさん最高だね。 「ごっくんて(飲み込んだ)したときに、おいしいなって思って帳尻合えば、いいじゃんどうだって。プロセスなんてねー。」 いいなあ、わたしもこうやって毎日生きていくことにしよう。 結果が全て、って意味じゃなくてだよ。 なんというか、こう・・、うーん、うまいこと言えないんだけど。 和田さんにも大事にされてるんだなーって思って、途中、わたし泣きました。 まあ、実際のところ、家庭のことは当人にしかわからないと思うけど、少なくとも、見ていてレミさんの愛は感じた! だって、愛がないと、あんなエピソード出てこないもん。 奥さんこんなんで和田さん大変なのかなーって思ったけど、気にしないんだろうね、和田さん。 愛っていうか相性っていうか。 「(年の初めの)抱負なんて言ったってそんなのできっこないんだから!言わない!」って。 望みを明確にすれば必ずかなう!(明確にしないと叶わない!とか)みたいなこと言う人も必要だけど、わたしなんかレミさんみたいな人がいてくれないと困っちゃう。倒れちゃうわ。 でも、毎日一生懸命生きてるからそう言ってもいいんだよね、この人は。それも含めてすごい! そして、このカレー食べたい。香菜混ぜたい! 毎日毎日寒い!明日は遠くまで出かけたいな。たいして用事ないけどさ。たくさん歩きたい。 カレーの材料を買いに行くことにしよう。
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